後夜祭も終わり、帰宅した大河のマンション。
祭りのあと特有の心地好い虚脱感に包まれながら、二人とも黙ったままで同じ空間に存在していた。
一人は椅子に。
一人は床に。
明かりを絞った室内を、月明かりが照らして長い影が伸びていた。

竜児「・・・なあ大河」

その緩やかな沈黙を破ったのは床に座る影。

大河「なに?」

その声に椅子の上の影が応えた。
床の影・・・・竜児は、少し逡巡するように数瞬黙る。
しかしぐ、と唇を引き締めると声を紡いだ。

竜児「さっきのティアラ・・・持ってるか?」
大河「え?・・・そりゃあ持ってるけど、なんで?」

無邪気に聞き返された言葉に、自分の頬が熱くなるのを感じる。
それでも、その欲求は抗い難く。

竜児「その・・・も、もう一回贈呈させてくれないか、ティアラ?」
大河「え?」
竜児「その・・・こ、今度は・・・俺だけで・・・」
大河「っ!・・・」

ふと黙ってしまった大河に、しまった、と急いで竜児は言い募る。

竜児「あ、い、嫌ならいいんだ!全然っ!」
大河「い、嫌なんかじゃない!」
竜児「!」

いきなり上げられた大声に、竜児は驚いて目を向けた。
その先で大河が、ふと気まずそうに睫毛を揺らす。

大河「嫌じゃないの・・・ただ・・・」
竜児「大河?」

よく見ると、目の前の大河は、しきりと部屋着の裾なぞを引っ張っていた。
そうして小さく呟く。

大河「・・・服も・・・持って帰ってきたらよかったな・・・」
竜児「・・・大河」

その言葉に竜児の顔が綻ぶ。
拒否されたわけではなかった安堵と、その愛おしさに。


竜児は立ち上がると、優しく大河の頬に手を寄せた。

大河「・・・竜児・・・」
竜児「・・・そのままでいいよ」
大河「・・・でも、全然華やかじゃないし・・・」
竜児「いつもの」
大河「え?」
竜児「いつもの・・・俺の知ってる大河に、贈りたいんだ」
大河「!」

途端に大河の顔が上気するのが、薄暗がりの中でもわかった。

竜児「な?」
大河「・・・うん」

大河はポーチの中からティアラを取り出すと、竜児の方へ差し出した。
それを受け取り、しばし月明かりの中でみつめる。
その目は、次に大河へと移り、二人は声もなくみつめあった。
幾漠かの逢瀬のあと、そっと額に掛けられるティアラ。その輝きは眩しくて綺麗だ。

竜児「・・・よく似合う」
大河「・・・竜児が、くれたんだよ・・・」
竜児「はは。俺だけじゃないけどな」
大河「ううん」

ゆっくりと竜児を見上げながら、大河がはにかむように微笑んだ。

大河「竜児が、くれたんだよ・・・」
竜児「・・・ああ」

竜児は何か考えるようにして振り返ると、部屋のコンポのスイッチを入れた。
取り出したのは、親友から借りた一枚のCD。
僅かな間の後、流れ出すのはスローなワルツ。
そして竜児は、ゆっくり跪きながら右手を差し出した。

竜児「福男の・・・権利の行使・・・」
大河「・・・うん」

その手を恭しく取って大河が立ち上がる。
二人寄り添うように抱き合いながら、曲にあわせてぎこちなく踊りだす。

竜児「ダンスって・・・どうやるんだろうな?」
大河「・・・お互い抱き合って、みつめあって・・・クルクルと、飽きるまで回りつづければいいのよ・・・そう聞いた」
竜児「そっか」

そう応えて、二人は見つめ合いながら微笑んだ。
そうして重なり合うように踊りつづけた月下の影は、ゆっくりとその距離を縮めながら、やがて一つに溶け合った。
月だけがみつめるある秋の夜に。


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