「・・・よっと」
粗方詰め込んだ段ボールを2個重ね、フウッと一息つく。
部屋の入り口まで行って、整えられた室内を見やる。
思わず漏れた笑顔を添えて。
やはり・・・いつやっても、大掃除はいい・・・。
「なにしてんの?・・・うっわ、極悪面!!」
「うわ!」
突如掛けられた声に、心臓が飛び出るほど驚いた。
「お、お前いつの間に上がり込んできた!?」
聞き慣れた声に誰何は上がらず、ただ問いただす竜児。
「あん?」
その目の前、不敵に睨むような眼差しで、みつめ返すは小さな少女。
隣のマンション住む、凶暴な手乗りタイガーこと逢坂大河が、いつの間にか自分の背後に立っていた。


『嗜好』


「窓」
簡潔且つ、ぞんざいに言い放ちながら、大河はそちらにクイッと親指を向けた。
見ると確かにカーテンがはためいている。
「・・・ホントにいつの間にだよ・・・」
ガックリと肩を落とす竜児。
それがさっき、笑っている顔を何気なく覗き込んできた大河に『うっわ極悪面!!』と言われたことに所以するのは内緒だ。
「で?なにしてんの?」
「あー。いらなくなったもん捨てんだよ」
それでもなんとか気を取り直して答えてやる。
・・・傷は癒えないままに。
「いらないもんなの?」
テポテポと部屋に入ってきながら、大河が段ボールを指差した・・・のみならず、開けだした。
「おまっ!なにしてんだよ!?」
竜児の抗議をキレイにスルーするのは流石。
開けた箱から物を取り出すのも流石。
そのまま散らかすのまで流石と言わざるをえない。
思わず額に手を当て、竜児が天を仰ぐ。
流石、傍若無人の手乗りタイガー、と。
「いらないの、これ?」
取り出されたのは、Tシャツやらジーンズ、チノパンの類。
「・・・ああ。もう古いし、小さいからな」
おまけにその生地じゃ、雑巾にも出来ないし。
何気、竜児の主婦臭い台詞を全く意に介さず、大河は嬉々として言い放った。
「じゃああたし貰うね」





・・・は?
たっぷり2秒は間を置いてから、竜児は大きな声を出した。
「なんで!?」
「聞きたいの?」
何気なく問い返され、グッと竜児が軽く怯む。
「・・・お前、そんなん貰っても使いどこ無いだろ?普通に捨てさせろよ」
それでも最後の衿恃か、弱々しいながらも、否やを述べてみる。
が、
「いいじゃん、別に。どーせいらないんだから」
ピシャリと言われ、黙り込む竜児。
そしてご機嫌のタイガーは、相手の意見など聞く耳持たず、鼻歌混じりに竜児の古着と戯れている。
「・・・まあいいけどよ」
その、あまりにも嬉々とした態度の大河に、軽く目を逸らしながら、竜児は承諾を表す。
真っ赤になった顔を隠すように。
結局最後には折れるのは自分だ。などと、無理矢理に理由など付けてみたりして。
なぜなら大河の魂胆が分かり切っていたから。
「ふへへー。今日から寝る時は竜児の匂いと一緒だー」
「・・・やっぱりそんなとこか・・・」
・・・まったく。
何でこいつはこんなに恥ずかしいことを、臆面もなく言ってのけるのか・・・?
溜め息を吐いた竜児の顔を、大河が覗き込む。
悪戯な笑顔を浮かべて。
「ん?やきもち?」
「しねーよ。この変態」
「うん。そんで?」
温めていた反撃を、あっけらかんと肯定されて逆に竜児の顔が赤くなる。
「あはは顔真っ赤。竜児は可愛いね」
「・・・言ってろ」
指差されながら笑われて、それでも竜児は、散らかった(された?)衣類を丁寧に畳んでいく。
『表面』は憮然としながら。
「?いいよ畳まなくて。どうせベッドにばらまくんだから」
「持ち運びに不便だろーが。せめて箱に入れさせろ」
そう言って、大河の意見をブッタぎる。
「・・・几帳面て、たまに鬱陶しーわよね?」
「言ってろよ・・・」
辛辣な言葉にも笑みが浮かぶ。
なんだよ?俺こんなにドMだったのか?
そこまで考えて溜め息一つ。観念したように声を上げる。
「・・・なあ、大河」
「ん?」
なによ?と言外に隠した暴君に、上げるは白旗。
「・・・今日、俺も・・・一緒に寝ていいか?」
一瞬呆けたように、竚む大河。
その顔はみるみる砕けていって。
「やっぱヤキモチじゃん。可愛いね、竜児」
勝ち誇ったように言う大河は、蕩けるような笑顔を浮かべていて。
「いいよ。今夜は抱き締めててあげる」
そうして拡げる、両の腕(かいな)。
「・・・うるせえ・・・」言いながらも竜児は、大河の小さな身体に包まれていった。
「・・・今夜は寝かさないかも・・・」
呟いた大河の台詞に、顔を紅く染めながら。





「ところでさ、いくら古着って言っても、ちゃんと洗濯してる
とは思わなかったのか?」
「どういう意味よ」
「だからさ、俺の匂いなんか残ってるわけないだろ。誰が洗濯
したと思ってるんだよ」
「ちょちょちょちょっと待ってよ。最初からわかってて知らな
い振りしてたの?」
「そういうことだ。参ったか」
「…」
「とにかく、今夜行くからよろしくな。あ、それから俺本人が
行くんだから、もうマフラー要らないだろ。返せよ」
「へ…そんなぁ」
「俺だって寒いんだよ。もう、お前の匂いも十分ついたろ。で、
この洗濯済みの古着はどうするんだ?もって帰るか?」
「…いらない…やっぱりいる!今夜もってきて」
「いいけど何に使うんだよ」
「竜児が私の部屋で寝るときに着るの」
「はぁ?」
「そうしたら竜児が帰った後でも私寂しくないじゃない。犬なんだ
からちゃんと匂い付けくらいしなさいよね」
「はいはい、わかりましたよ」






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