「竜児」
「ん?」
夕食後、寝転んで本を読んでいた大河に呼ばれ、台所から向き直る。
「なんだ大河?」
「これ・・・どう思う?」
エプロンで手を拭きながら大河の傍までくる。
「なにがだ?」
「これ」
見やすいようにと、本を掲げた大河に合わせるように少し腰を屈める。
そうして読み取れたのは・・・。
「あなたの思う・・・理想の恋人?」
「うん」
・・・またこいつ、変なもの見つけてくるな・・・。

<理想のあなた>

「これって一般的にはどうなのかな・・・?」
寝そべったまままた本に目を落としつつ、大河は小さく呟く。
おそらくその下に書いてあった、街で聞いた意見100とかを読んでいるのだろう。
今ここで答えてもどうせ耳には入らない。
とりあえずお茶でも煎れてこよう。






「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
・・・そこまで真剣に読むなよ!!
心の中でいれた突っ込みは、何故か大河に届いたらしい。
パタンと本を閉じると、起き上がって俺の前に座り直した。
なにやら顔が暗いところを見るに、あまり自分にとって良いことが書かれていなかったのだろう。
無言で、そっとお茶を大河の目の前に滑らす。
「・・・ありがと・・・」
案の定声も暗い。ビンゴか。
こういうときはこちらから話を振るのは危険だ。
どこに地雷が埋まってるか分かったもんじゃないし、何よりこいつの地雷は数が多い。
その上威力も半端無い。
ここはひたすら、あちらから交渉の場を設けるまで篭城といこう。
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・あのさ竜児・・・?」
よしきた。これを逃がさず話を膨らませる努力をする。
「なんだ?」
「・・・」
「話し掛けてきたんだ。言いたい事あるんだろ?」
「・・・うん」
「なら言っちゃえよ」
「うん・・・」
こういう風に話の方向性を持っていけば、大河は観念したようにいろいろ話し始める。
伊達に長いこと、こいつの傍にいるわけじゃない。
「・・・竜児もさ・・・理想の恋人って・・・在るよね?」
あーやっぱりそんなとこか。
想像通りの答えに、思わず肩をこかした。
絶対こいつにポーカーやババ抜きは出来ない。確信した。
「まあ・・・あるっちゃあるかな?」
そう答えてからちらりと見た視線の先。
ビクンと大河の身体が大きく震えた。
面白いほどに予想通りの反応だな。
「ど、どんなのか・・・聞いていい?」
「あ?ああ・・・」
そして行動もだ。
「まあ・・・背はそれなりに高くてスリム。顔は小さくて笑顔が可愛い。控えめなおしとやかさで、男を包んでくれる優しさを持ってる・・・とかか?」
「・・・」
あえてこんな事を言ってみる。
案の定、ますます顔を暗くして俯く大河。
なんてわかりやすいんだお前は。




こいつの将来が心配だ・・・などと溜め息を吐きつつ俺は立ち上がった。
「でもまあ・・・」
言いながら俺は大河の隣に座る。
そのまま大河の顔に手を伸ばして、俯いてる大河の顔を上げさせた。
そしてそのまま、
『ちゅ』
触れるだけのフレンチキス。
一瞬間を置いて、一気に真っ赤になった大河の顔に満足。
逃がさないように肩を抱いて、耳元で囁いてやる。
「本当の俺の理想は、ワガママで凶暴で、怒ると手がつけられなくて、でも寂しがり屋で。ヤキモチ焼きでツンケンしているようで、その実すごく甘えたな奴・・・なんだよな」
「!!」
驚いた顔が面白くて、そのまま大河の耳にキス。
「ひゃんっ!」
くすぐったかったのか、大河の身体がブルッと震えた。
「・・・んで?」
「え・・・?」
「答えの感想は?」
嬲るようにニヤニヤ笑いながら聞いてやると、いきなり立ち上がって頭を小突かれた。
頭を押さえて、大袈裟に痛がってみせてやる。
「なにすんだよ?」
「ちちち調子に乗ってんじゃないわよ、この駄犬!!ああああんたなんか、別になんなんなんなんとも思ってないんだから!!」
「・・・」
可愛い奴。
言葉と態度が全然合ってないことに気づいてもいねえ。
全く・・・真っ赤になって、プルプル震えて、目に涙まで溜めてなに言ってんだか。ったくよ・・・。
「はいはい」
「は、はいはいってなによ!?わ、わかってんの!?」
ムキになって言い寄ってくる大河を少し下がらせる。
さすがにこの距離じゃ近すぎる。
「わかったわかった。んじゃケーキ食うか?」
「な、なんでこのタイミングでケーキなのよ!?まだ話し終わって・・・!!」
ちゅ。
絶妙のタイミングで唇を重ねる。
ざまあみろ。もう一度フレンチキスをしてやった。
「わかったから、まずはケーキ食え。お前の為に焼いたんだから。それから話し聞いてやるよ」
唇を押さえ、ヘナヘナと崩れ落ちる大河を見て満足する。
たまにはお前が照れまくれ。
鼻歌でも歌いたいような凱旋気分で、台所へ向かう俺の背中。
そこに切りつけられた凶暴な切っ先。
俺の命を根こそぎ奪うような。
そんな大逆転の一撃。

「・・・私の理想はね・・・あんたよ、竜児」
ね、もう一回・・・して?

・・・ああ全く。
本当にこいつには敵わない。

END




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