なんでなんでなんで。
心の中で自問しながら、私はしきりに頭を抱えていた。
なんで・・・なんであのタイミングでお腹鳴るの?
あの時を思い出してカァッと顔が熱くなるのを感じた。
そりゃあ確かに今日は夕ご飯食べてない。
コンビニ弁当に飽きたってのもあったけど、なにより胸が一杯だったから。
手紙を渡せた。
それだけでもう胸一杯になっちゃって、ご飯のことなんかどうでも良くなってた。
それから・・・今度は、高須竜児に断られたらって心配が胸を占めた。
どうしようって考えて考えて、今夜乗り込むことに決めたんだ。
ちゃんと『処置』のことまで考えて。
結局は失敗しちゃったけど。
手紙、入ってなかったけど。
それでも・・・さっきの高須竜児とのやり取りは、贔屓目かもしれないけど悪くなかった気がする。うん。
あいつ顔真っ赤にしちゃって、目逸らしたりしながらあたふたしてた。
そのときを思い出して、口許が緩むのを感じる。
あの顔・・・可愛かった・・・。
だから私・・・思い切って聞いちゃおうって思ったのに。
すごくすごく勇気を出して聞こうと思ったのに。
なのに・・・なのに・・・。
そこでお腹が鳴った。
なんだそれ?
タイミング悪いにも程がある。
そのまま私は、抱えたままの頭を思いっきりブンブンと振る。
そこではたと思い直す。
思えば・・・今日は散々だった気もする。
「・・・」
まず、高須竜児の鞄に手紙を入れたと思ったら、北村君のと間違えた。
「・・・」
そして、その肝心の手紙は空っぽ。
「・・・」
挙句の果てに勘違いで襲撃。
「・・・」
とどめは核心に触れようとしたときに鳴ったお腹。
「・・・はっ!?」
そこまで考えて私は愕然とした。
考えたくも無い事実に思い至ったから。
も・・・もしかして。
もしかしてもしかしてもしかして私・・・。
「ド・・・ドジなの・・・かしら?」
口から出した言葉は、信じられないほど私に衝撃を与えた。


『1話if・13』


「・・・なに、やってんだ?」
机に突っ伏したまま自己嫌悪に陥ってた私の耳に、不意に声が聞こえた。
驚いて顔を上げると、すぐ横に高須竜児が立っていた。
慌てて体裁を整える。
「な、なんでもないわよ!あ、あんたがあんまりにも遅いもんだから、寝ちゃおうとしてただけっ!」
「・・・ここで寝るなら、布団貸すぞ?」
「い、いらないわよ!!」
取り繕っただけの理由に、至極真面目に返されて瞬間カッとなる。
でも・・・。
「・・・ぷっ」
不意に聞こえた笑い声に、その全てが・・・消えてった。
「お前な。いくらなんでもそんな言い訳通用するわけねーだろ」
目の前で、高須竜児が楽しそうに笑っていた。
「そ、そんなの・・・」
「あーわかったわかった。とりあえず信用するから、まずは落ち着け」
・・・照れ隠しのように言おうとした言葉も遮られる。
でもなんだろう・・・全然悔しくない。
むしろ・・・。
私が呆然としているうちに、高須竜児は目の前に、トンとお皿を置いた。
そこから立ち上ってきた香り。
それが鼻腔をくすぐった瞬間、私はいきなり我に返った。
一瞬にして視線は高須竜児から目の前のお皿に。
「な・・・なにこれ?」
「高須家特製ニンニクチャーハンだ」
私の呟きに、高須竜児の得意そうな声が聞こえる。
でも今はそっちに目を向けることは出来なかった。
私の視線は、今や目の前の山盛りチャーハンに釘付けになっていたから。
見るからに美味しそうなチャーハン。
コンビニとは明らかに違うそれに、ゴクリと喉を鳴らして、恐る恐る声を出す。
「・・・あ、あの、これ・・・」
「ん?食べないのか?折角作ったのに」
その言葉が契機だった。
私は傍らに置かれたスプーンをやおら掴むと、チャーハンへと勢いよくブッ刺した。
いただきますも言わず。





「・・・お前、ドンだけ腹減ってんだよ?」
高須竜児の、半ば呆れ気味な声が耳に届くが私の動きが止まることはなかった。
すでに山盛りだったチャーハンの、2/3は胃の底に詰められている。
それでもこのチャーハンは、まだまだ食べられるほどにおいしかった。
「だって・・・はむ・・・美味しいんだもん」
カツカツと、淀みなくスプーンを口に運ぶ合間にそれだけ答える。
「そっか。美味いか」
「んぐ・・・人の作ったもの、食べんの久しぶり・・・はむ」
「なんで?飯なら親が・・・」
なんでもないように普通に返ってきた言葉。
しかし私は、高須竜児のその言葉に、一瞬動きを止めた。
視界の隅には手を口で押さえ、しまったといった表情の高須竜児。
ああ、気付かれたか。
そういえば、コイツは事情を知ってたんだった。
「・・・わりい・・・」
「私は気にしてない。だからあんたも気にすんな」
バツの悪そうな声に内心複雑ながら、あえてつっけんどんに答える。
「今更だから」
そう言い捨てて、またチャーハンへと取り掛かる。
高須竜児の辛そうな顔がチラリと目に入るが、あえて気付かないふりをした。
そう今更なのだ。
物心ついたときから、私の家庭は既に崩壊していた。
パパもママも、お互いを罵りあうことで手一杯で、私のことなど気にもかけなかった。
だからママの手料理なんか、数えるほどしか食べたことない。
私はいらない子だったから。
必要とされてなかったから。
だから・・・どうってことない。
・・・どうってことないのに・・・。
そこまで考えて、不意に目頭が熱くなった。



違う違う。
悲しくなんかない。
もうそんなものは、遥か昔に捨ててきた。
心の奥底に押し込んできた。
けど・・・でも・・・。
今まで封印していたものが、このチャーハンの熱で溶け出してきたような気になった。
「・・・う・・・」
いけない。駄目だ。
泣いてはいけない。
泣いたら高須竜児がまた気を使う。
でも・・・でも・・・。
「う・・・ふ・・・っ」
堪えきれず涙が零れようとしたとき・・・。
「・・・ついてるぞ」
え?
不意に高須竜児の手が伸びてきて、私の目の辺りを拭った。
「ちょ・・・」
見るといつのまにか握られていたティッシュが、私の涙を優しく拭っていた。
「・・・ったく、こんなに飯つけて」
言いながら、コシコシと私の目を擦る。
優しく、優しく。
「そ・・・そこ目だよ。そ、そんなところに・・・」
「安心しろ」
「え?」
その言葉に目を向けたら・・・視界に飛び込むのは高須竜児の笑顔。
「・・・俺はここにいるだけで、取ったりなんかしねーから」
「・・・」
「ちゃんといるから・・・落ち着いて食えよ」
そう言って笑った顔に、また涙が溢れた。

少しだけしょっぱくなったチャーハンは、それでも美味しかった。



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