***


赤い、赤いランプが点灯する。
表示されるのは『手術中』の三文字。
私は、簡単な手当てを受けてからこの扉の前にいる。
分厚くて、関係者以外立ち入り禁止の、この扉。
この扉の向こうに、竜児がいる。
一歩前に踏み出す。
扉に体が近くなる。
二歩前に踏み出す。
見えないけど竜児に近づいた、筈。
三歩前に進もうとして、決して開かない扉に阻まれた。
これ以上、近づくことが出来ない。
「……うっうぅぅぅぅ……」
涙が、濁流となって溢れてくる。
なんて、なんて馬鹿なことをしたんだろう!?
竜児は背中が良く無かったじゃない!!
──わかってる。
竜児は私を避けてたじゃない!!
──わかってる。
竜児は……。
──わかってる。
そう、全部わかってる。
竜児の行動はいつだって、私のため。
いつも、ご飯を作ってくれて、掃除してくれて、水着を用意してくれて、私のところに走ってきてくれて、それから、それから……。
「竜児……」
すとん、と地べたに座り込む。
ひんやりとした床が体全体の体温を奪っていくけど、気にしない。
手を伸ばして開かない扉に触れる。
少しでも近づこうとして……けど、叶わない。
「うぅぅ……りゅうじっ……」
零れる涙ははたしてどれだけの量になるのだろう。
涙の量で竜児に少しでも償いが出来るだろうか。
出来るとしたら、一体どれほどの涙の量になるのだろうか。
自分のせいだと悔やめば溢れる涙。
竜児が手術室にいるというだけで溢れる涙。
竜児が痛い思いをしているというだけで溢れる涙。
流しても流しても、流れつくすということを知らない。
「りゅうじぃっ……!!」
扉の前で放つ涙声は、扉によって思い人へは届かない。


***


気がつけば、朝だった。
手術室の明かりは消えている。
ハッとして病院内を駆け回る。
「竜児?何処?」
走って、走って、そのうち看護婦とぶつかった。
「きゃっ!?もう、院内では走ってはいけませんよ!!」
「そんなことはどうでもいいのよ!!竜児は何処っ!?」
「竜児?誰かのお見舞いですか?でしたら……」
ダメだ、話にならない。
「やっぱいい。ナースステーションはどっち?」
「あ、その突き当りを右ですよ」
「そう、じゃ!!」
また走る。
「コラ!!走らない!!」
耳に看護婦の叱責が入ってくるが、無視。
まだ明け方のナースステーション。
時間帯の関係もあって患者や付き添いは皆無だ。
好都合、とばかりにベルを鳴らす。
「……はい」
窓口には、すぐに中年のおばさんナースが出てきた。
ナースキャップに線が一本入ってるから偉いんだろう。
一本だと主任さんだっけ?まぁそんなことはどうでもいい。
「今朝方まで手術してた高須竜児、今どこにいるの?無事手術は終わった?」
「はい?あ、えっと緊急外来の高須さんね。はい、彼なら……あら?手術後別の病院に搬送されてるわね」
「何ですって!?それ何処!?」
「あー……そのちょっと……」
「何よ?早く教えてよ!!会いに行くんだから!!」
「その、失礼だけど……高須さんの彼女さん?」
そうか、個人情報か。
「……そうよ」
ここは、こう言っておくのがベストだろう。
「じゃあまぁ……えっと高須さんはアメリカにいかれました」
「は?」
「アメリカです」
「ア、ア、ア、ア、アメリカァァァァァッァァァ!?!?!??!??!?!?!?」


***


ふと目を覚ます。
ここは、何処だろう?
「おや、目が覚めたのか、高須」
聞いた事のある声。
「……はい、……って、え?」
聞いた事はあるが、寝起きに聞く声としては激しく間違っている気がする。
「おはよう」
「……?」
目を開けて、首だけでそちらを向くと、やはり記憶と寸分たがわぬその人がいた。
「おはようと言ってるんだ高須。Good morning!!」
「あ、おはようございます……っては?」
何故に英語?と聞こうとして、
「ダメだな、そんなことでは。二週間とはいえ、アメリカで暮らすなら最低限の英会話は身に着けた方がいい」
我らが兄貴、大橋高校会長狩野すみれは「私は前会長だぞ」……はい?
「一体何がどうなって……?」
ワケがわからない、というか勝手に人の考え読まないで下さい。


***


「まず、順を追って説明するなら、私は単なる見舞いだ」
腕を組み、手じかにあったパイプ椅子に座って、自称前会長は語りだす。
「……はぁ」
「元気の無い奴だな。まぁいい。お前は修学旅行中に脊椎を強く損傷した、というか悪化させた」
「……はぁ……あ、ああそう言えば」
思い出す。
確かあの時は大河を背負って……そうだ、大河は?
「思い出したな?安心しろ、お前の脊椎はまたも奇跡的に脊髄を傷つけてはいなかった」
「あ、いや、そうですか。で、あの……」
「何だ?自分よりも背中に背負った女の方が心配か?全く……逢坂は軽傷だ、問題ない、と北村から連絡を受けている」
「そうですか」
心底安堵する。
で、それはそれとして、
「お前がここにいる理由だが、運がいいのか悪いのかわからんが脊椎の傷つき方が非常に珍しいらしく、この大学病院で是非診たいということなんだそうだ」
「……なんですかそれ」
俺はモルモットじゃない、そう言いかけたが、
「まぁそう腐るな。旅費、入院費共に大学持ち出そうだぞ。つまりお前にしてみればタダだ」
タダ。
それはなんて甘い言葉。
今、俺は忍たま●太郎に出てくるき●丸の気持ちがよくわかった。
「なら、仕方ないですね」
「現金な奴だな。それでだ、私がここにいるのはここに留学しているからだ」
「留学?」
「お前は入院等で知らないだろうが、生徒会選挙の後、私は留学したんだよ。今は北村が生徒会長のはずだ」
「ああ、そうなんですか」
「……北村は生徒会をきちんと営んでいるか?」
「え?ああ、はい。そりゃあもう」
「…………元気に、していたか?」
「?はい、見た感じ元気そうでしたけど」
「そうか」
何処かほっとした会長、もとい前会長の顔。
北村とこの人の間に何かがあったんだろうけど、それは尋ねちゃいけない気がした。
「さて、しばらくは寝たきりだそうだ。間違っても勝手に歩き回るなよ。たまに見舞いにはきてやる。二週間、日本に帰れるのは二月十五日だそうだ」
「わかりました」
「それと……これは私からの餞別だ、同じ高校のよしみで取っておけ」
渡されたのは、
『これで貴方もらくらく英会話、実際に使える言語1000』
とかいうタイトルの本だった。
「……ありがとうございます」
複雑な気持ちになりながらもお礼を言う。
どうやら、ここは本当にアメリカらしかった。


***


「大河、元気だしなよ」
みのりんが慰めてくれる。
「うん、大丈夫」
だから、何でもないように笑顔を振りまく。
学校にも、既に竜児がアメリカへ行ったとの報せが届いていた。
その翌日、木原麻耶と眼鏡、もとい能登久光が謝りに来た。
いわく、自分達のせいだ、と。
しかし、それは違う。
竜児の件に限って言えば、原因は私。
だから、怒るに怒れない。
竜児が帰ってくるのを待って謝ってあげて。
そう言うのが精一杯だった。
そしてその言葉はいつも自分に投げかけているものと同じ。
竜児が帰ってきたら、即座に謝りに行こう、と。
「ねぇ」
急に、声をかけられる。
「何、ばかちー?」
「亜美ちゃんはどうでもいいんだけど、アンタ耐えられんの?」
「……何が?」
「わかんないならいーや、まったね〜」
ばかちーは、あっそ、とばかりに踵を返して去っていく。
「……私も、帰ろう」
何もすることが無い私は、早足で竜児の家へと向かう。


***


「あ、大河ちゃん」
やっちゃんが笑顔で出迎えてくれる。
「やっちゃん、すぐに用意するね」
そう言って私は高須家のキッチンに立つ。
竜児のいない間、竜児の家の家事は全部私がやると、勝手に決めた。
やっちゃんは、
「ほえ〜、大河ちゃんいつでもお嫁にこれるねぇ〜」
なんて言ってくれる。
そんなやっちゃんに夕飯を作って送り出し、恒例の掃除。
竜児の部屋を隅々まで掃除する。
きっと、あいつが普段からしてるように。
と、少しだけクローゼットが開いているのに気付いた。
近づいてみると、竜児のYシャツがひっかかっている。
きちんと仕舞おうとして手を伸ばし、ふわぁと臭いがする。
……竜児の臭い。
「……竜児」
また、崩れ落ちる。
ここ数日、いつもこう。
待とうと決めた日から、何か竜児を感じるものを見るたびにこうなる。
さっとYシャツを胸に抱きかかえて、すぅっと臭いを嗅ぐ。
「竜児……」
数日ぶりの竜児の濃い臭い。
切なくなる、愛しくなる、寂しくなる。
我慢が……出来なくなる。
不意に、何故かばかちーの言葉が蘇った。
『アンタ耐えられんの?』
振り払うようにして首を振り、ふとカレンダーを見ると、もうじき二月十四日。
「あ、バレンタイン……」
竜児に、あげたい。
会いたい、竜児に。
もう待つなんて、出来ない、したく、ない
頭に浮かぶ自分の部屋のダンボールの中のパスポート。
私は、立ち上がっていた。





***


ドンガラガッシャーン!!
何だ?
「今日は今朝から騒がしいな……」
入院してしばらく経ち、ようやく少しの散歩を許されるようになった俺は、短い散歩の後、ベッドで横になりながら遠くの喧噪を聞いた。
今朝から何度か騒がしい音が聞こえてはいたが一体なんだというのだろう?
丁度検温に来た看護婦さんに尋ねてみる。
「今日は何かあったんですか?朝から少し騒がしいようですけど」
うん、バッチリな発音。
先輩のくれた本と日常のおかげで英語も日常会話くらいなら問題なくなってきた。
「ああ、それが患者さんのお見舞いに来た子がね、肝心の患者の病室がわからなくて奔走してるのよ。言葉は通じないし、多分アジア系の子ね」
「はぁ、そうなんですか」
納得しながら笑ってしまう。
なんてドジなやつだ。
お見舞いにいこうとして、相手の病室がわからない、なんてまるで大河みたいだ。
思い出して、少し寂しくなる。
アイツは今頃なにやってんだろうか。
ちゃんと飯食ってるかなぁ。


***


お腹減った……。
自分のバッグの中の弁当につい手が伸びる。
ううんダメ!!
これは竜児用なんだから!!
しかし……、
「何でここの病院ってこんなに広いのよぉ!!」
つい愚痴る、どころか叫ぶ。
What?と周りが不思議そうに私を見つめる。
もう、今自分は何処にいるのよ?竜児は何処?
ドン!!
「あいたっ!?」
誰かがぶつかってきた。
「AUCHI!!……?Japanesegirl?」
なんか怪しいおっさんだ。
しかも話しかけられてるっぽい。
関わらない方がいいかも。
「あっと……ほったいもいじんな!?」
「……?アー、At AM9:……Ann?」
私は、おっさんが時計を見たその一瞬の隙で近場の部屋に入り込む。
ふぅ、危ない危ない。
アメリカって恐い所ね。
さて、と。
パカッと携帯を開いて今の時間を見る。
圏外になっていても時間は……●×▲□!?
現在時刻、2月15日、AM0:12。
「う、そ……」
間に合わなかった……バレンタインに。
「うっうっ……うわぁ「……大河?」……あ?」
聞き慣れた声に振り返ると、そこには、凶眼と呼ぶに相応しい三白眼なのに優しい表情のそいつがいた。
「りゅう、じ……?」
やっと、やっと見つけた……私の、私が……傍にいるべき人。


***


「やっぱり大河?何でここに……おうっ?どうした?」
その場にへたりこんだ大河は後から後から涙を流しては手で拭ってまた涙を流す。
そんなに声を出してないのが不幸中の幸い……、
「うわあぁぁぁああああああぁぁぁぁぁああああああああん!!!」
訂正、いや、もう何も言うまい。
「お、落ち着け大河。ほら!!」
大河に近づき、まずはハンカチで涙を拭いてやる。
次いでティッシュ。
鼻にあてて「チーン!!」おうっ!?大量だ……。
「う……う……」
いかん、まだ泣きそうだ。
「お、落ち着け大河、な?」
ポン、と頭を撫でてやる。
がしっ!!
がし?
手を掴まれた。
???
「うわぁぁぁっぁぁぁぁっぁあん!!!!」
「おわっ!?ちょっ待てっ!?」
手を大河の胸元に引き寄せられて尚泣かれる。
何度拭ってやっても止まらない涙。
それほどまでに、俺は大河を泣かせるような事をしたのか?
大河がわざわざ国境を越えてまで来ようとするほど、大河を追いつめていたのか?
今の俺にできることは……。
ぽんぽん、と背中を叩いて、
「……大河」
名前を呼んでやることだけだった。


***


大河がようやく泣きやんだ、と同時に、
ぐぅ〜〜っ♪
大河のお腹が鳴る。
急に、現実感が湧いてきた。
これでこそ……大河だ。
「ぷっ……ははははは!!何だ大河、腹減ってるのか?」
最初、家の前でお腹を鳴らしたことを思い出す。
「な、なによぅ……アンタには関係ないでしょ……」
変わってないな、と思いつつ気付いた。
そうだ、こいつは変わっていない。
変わったのは……俺だ。
あの時は、こいつのことをここまでカワイイ奴だと思わなかった。
「それより竜児こそお腹減ってない?減ってるよね?減ってるはずっ!!」
有無を言わさずにバッグから取り出し物を「うげっ!?」俺の顎にぶち当てる。
「痛てて……なんだ一体……弁当?」
そこにあるのは、見覚えのある弁当箱だった。



「大河、これ……」
それは俺の弁当箱。
たしか修学旅行の日に大河に奪われていたはずだ。
「うん、結局返せなくて……」
俯きながらも、手は弁当を差し出したまま。
「……サンキュ」
それだけ言って俺は弁当を受け取る。
他にも、いろいろ言いたい事はあった。
大変だったろ、とか、何でわざわざアメリカまで、とか、ちゃんと生活してたか、とか。
でも、大河の震えながら差し出す弁当箱を見て、そんなものはすべて吹き飛んでしまっていた。
ぱかっと開いて、驚愕に次ぐ驚愕。
中身はチャーハンだった。
弁当にチャーハン。
別におかしくはないが、これだけってのは珍しい。
「それ食べながらでいいから……ううん食べなくてもいいから聞いて」
大河がは顔を伏せたまま、しかし口調はハッキリと語り出す。
「私ね、本当は帰ってくるまで待つつもりだった。今行っても迷惑をかけるだけだって。竜児に無理させて、もっとひどくさせるのが関の山だって」
「………………」
「でも、我慢できなかった。竜児がいないのに、耐えきれなかった。伝えたいこの気持ちを、抑えきれなかった。だから……」
バッグからゆっくりとソレを取り出す。
「それチャーハンだけって変なの、って思ったでしょ?でも、私はアンタとそうやって、チャーハンから始まったの」
ゆっくりと、震えながら、
「もう過ぎちゃったけど、私の気持ち。アンタが、私の為を思って私を避けてたのはわかってる。それでも、私はアンタと……竜児といたい」
はい、と可愛らしく梱包されたそれを、……チョコレートを渡される。
「私は、アンタが────好きだから」
「────っ!!」
組み立てた、気付かされた壁を、こいつはいつだって簡単にぶち破る。
いや、違うか。
簡単なわけじゃないんだ。
でも、こいつは諦めるということを知らない、真っ直ぐな奴なんだ。
でも……やはりドジだな。
「なぁ大河」
「……な、何?」
びくっと震え、答えを聞くのが恐いとばかりに怯えている。
「棚の上のデジタル時計、見てみろ」
「へっ?」
見当違いな事を言われて、きょとんとしながらも大河が見据えた先にはデジタル時計in日付アリバージョン。
ただいまの時刻、February.14 AM9:42。
「あ……れ?」
大河は慌てて携帯を見直し、
「りゅ、竜児?だって携帯では……あ!?」
気付いたか。
「日本ではもう過ぎてても、『こっち』じゃバレンタイン真っ盛りなわけだ」
「あ、あぅあぅ……」
「さて、それじゃあ早速チャーハンを貰うかな」
大河が恨めしそうに見つめる最中、あえてチョコには手を出さずにチャーハンを食べる。
「……美味い」
驚いた、ベラボウに美味かった。
いつの間に、ここまでの味を引き出せるようになったのだろうか。
「こんなチャーハンなら毎日でも食べたくなるぞ、もう何処に出しても恥ずかしくないな、大河」
「……チョコも、手作りだから」
驚きって奴は、思いの外続くらしい。神様だってビックリだ。
そしてそれを俺がもらえるのが、一番ビックリだ。


***


竜児がチャーハンを美味しそうに食べる。
それはいいんだけど……そわそわする。
返事を聞いてない、チョコにはまだ手をつけていない。
早く食べなさいよ!!とも思うけど、返事を聞くのはやっぱり恐いからゆっくりでいい。
「竜児、背中は?」
一応、気になった事を尋ねた。
「おぅ、全く問題無い。逆に一度酷くしてから治療したおかげで治りは早くなった、とか言われたな」
ほっと一安心。
「ごちそうさま」
ほっと、ひと……息はつけない。
ゴクリと唾を飲み込む。
「さて、じゃあ横になるか」
「……って、ええぇえええ!?」
竜児?ひょっとしてわざと?
「冗談だ」
ニッと凶悪な顔をさらに凶悪に歪めて笑う。
アンタそれ、私でもちょっといかがなものかと思うわよ。
ゆっくりとチョコの箱に手を伸ばして梱包を解いていく。
中には、これでもか!!ってくらい大きなハート型のチョコ。
私の思いの強さを大きさで表してみた。
「おおぅ、でかいな」
「うん」
竜児は、端からぱくっと噛みついて食べ始める。
「ど、どう?」
「う……」
う?
「う……」
あああああ?ヤバイ?私何かまたドジった?
「うまーーーい!!」
コケ。
「もう、紛らわしいの止めてよ!!」
本当に緊張してたんだから。
「ああ、悪い。本当に美味くてさ、好きな子からチョコもらうなんて初めてだしよ。良くできてるなこれ」
「そう?まぁあんたのその顔じゃ……なんですって?」
冷静になる。
竜児は今、なんと言った?
「もう一回、言って?」
「あ、ああ悪い」
「その次」
「本当に美味くてさ」
「その次っ!!」
「良くできてるなこれ」
「その前よ!!もう!!言いなさいよバカァ!!」
ぽかぽかと頭を叩く。
「……好きだ」
「えっ?」
「俺も、いつの間にか、いや、きっともうずっと、ずっと前から惹かれてた」
「あ……」
「脊椎がこんなだから迷惑かけるくらいなら近づかない方が……って思ってたけど、好きすぎて無理だった。好きだ、大河。ありがとう」
あ、あああああ、ああああああああああああああああああ!!!!!!!
顔が熱く……竜児が私を好きだと……好きだと……言った!!
ようやく、ようやく、ようやく、簡単には手に入れられないそれを、手にすることができた。


***


『もう一回言って』
『好きだ』
『もう一回』
延々とこのやり取りを繰り返しているうちに、竜児は検査とやらで呼ばれてしまった。
私は病室で待機。でも、口元が緩んで仕方ない。
「好きだ……だって。ふふふふ……」
笑いが止まらない。好きってことは愛してるってことよね?
ずっと前からってことはやっぱり私は勘違いしていなかったってことよね?
「ぐふふふふふ」
ああ、ニヤケがとまらない。あら?竜児ったら私の作ったお弁当、全部食べた後そのままにして行ったのね。
これも美味しいって言ってくれて……ん?
『こんなチャーハンなら毎日でも食べたくなるぞ』
つまり、私の料理を毎日食べたいってことね?ハッ?
『もう何処に出しても恥ずかしくないな、大河』=お嫁にいつでも行ける=嫁に来い!!
な、なななな、なぁんてことぉう!?!?!?!
あれあれあれあれってププププロップロセスチーズ!!……じゃなかった、プロポーズだったのね!?
いけないわ!!こうしちゃいられない!!
慌てて私は手紙を書く。


***


「大河お待た……?」
あれ?大河がいねぇ。トイレか?とも思ったがメモがある。
『愛しい竜児へ』
愛しい、だってよ。わ、悪くねぇな。
『私は一足先に日本に帰ります』
はぁ?何で?
『いろいろ準備あるし、やっちゃ……お母さんにも改めて挨拶しないと』
……は?お母さん?この『やっちゃ』に二重線引いて消してるのは何だ?お母さんって、大河の母親か?
『その、早く帰って来てよね!!』
無茶言うな、いや書くな。
何か、嫌な予感しかしないのは何故だろう?
嫌な予感、それも性急すぎというかなんというか。
何か、また勘違いしてるような気がしないでもない。
「でもまぁ、大河だしな」
これからも、俺はアイツの起こす騒動に巻き込まれて……いや自ら入り込んでいくだろう。
だがそれは決して嫌な事では無い。

──24時間ずっと──

なぜなら俺は竜で、

──キミのこと想うたび──

あいつは虎だから。

──もどかしいこの気持ち──

これからもずっと、俺はあいつの傍らでたくさんの未来を歩んでいく。

──ただ溢れかえってく──

そういうふうに、できている。



ただ、竜児が大河の思惑に気付くのはまだ先で、それはまた、いつかどこかの別な話。





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