汝、何故驚きたるや。思うていた事ではないのか。
やはり信じられぬのか。
Yes.
淡泊過ぎてなのか。
Yes.
認めたくないのか。
それはNo.
「フッ、何をそんなに驚く」
「いや、だって…狩野先輩って…フり…ましたよね?ん、アレ?アレレ?」
親友の想いが叶ったことには是非とも祝辞を述べたいのだが、イマイチ理解出来
ない。
確かに二人がそうであるような想像はしていた。だが、大衆意見を取れば、間違
いなくその線無しと訳される発言をされた後でのコレである。
「アレは北村を思ってだ。着いて来ぬようにな。だが、こうして着いて来てしまった今、
恋を我慢する道理はないだろう」
「すみれさん…それほどまでに…」
「祐作……」
もう一組を完全に無視して見つめ合う若い男女。熱い視線を交わし、互いに顔を
撫で、近付け、その唇が重なるまで後数センチ。
「トリップするなーーっ!!」
大河の手がその数センチを物凄い速さで突き抜けた。
「ア、アンタ達が付き合ってるのは判ったから、目の前でそんなキ…キ……」
竜児は、言い終わる事なく羞恥という名の敵に負けて顔を紅くした大河をそっと、
解決とは逆の方向だが抱き寄せて、少し困ったような顔をしてみせた。
「恥とかねぇのかよ」
「ダブルデートなんてこんなものだろ?」
「そうだぞ。キスはしたくなったらするものだ。流石に会議中は控えるがな」
止めるじゃなくて控えるか。良い具合に麻痺ってるなぁと思わず関心してしまっ
たが、それも数俊。いちゃつくイメージ零の狩野がこうも変化したのだがら、も
し自分達がアメリカの空気に感化された時、大丈夫だろうかと頭を巡らした。
(甘々+ちょっぴり大胆)×(かなり大胆+恥無し)
この式から産まれるのは、果たしてほほえましいカップルなのか、それとも恥ず
かしさを振り撒くカップルなのか。
答えは……余りにも簡単だったので敢えて出さないでおいた。
「そういえば高須。私はまだ各々の思い出話を聞いてないんだが、聞かしてもらってもいいか?
ダブルデートに行く道すがらにでもさ」
「は?」
どうにもこうにも、狩野は竜虎とのダブルデートを所望のようだった。
疑問が愉快且つ快活に頭の中を跳ねる。
「ホ、ホワイ?」
竜児の口から飛び出したのは、カタカナ英語。しかも、主語が無いせいで何が『why』
なのかがかなり曖昧だ。
「Well...The doubledate is dream of all the girl having boyfriend.OK?
(そうだな…ダブルデートが全彼氏持ち乙女の夢だから。というのじゃ駄目か?)」
しかし、そこは流石と言うべきか、狩野はきちんと意味を把握した上に英語で答
えを出してくれた。
だが、正直その説明にはかなり偏った意見があるように思えて仕方がない。
これもアメリカ染めの影響かとぼんやり思っていると、北村が口を開いた。
「すみれさん。高須も逢坂も長時間のフライトで疲れています。ダブルデートは
明日にした方が良いかと」



たが、その口からでた言葉は救助に来た船ででは無かった。何と言うことは無い。唯の浮輪だ。
「おぉ、そうか。では二人とも、ホテルはこちらが用意するから、後はゆっくり
休め。明日の為に。我らの為に」
「じゃ、高須に逢坂。此処のホテルに行って俺らの名前を出すか、この地図を出
せ。そしたら、後は係員に従うだけだ。それじゃ!」
「あ…ま…」
待てよの語を継ぐ前に二人は竜児と逢坂の分の料金まで支払って去って行ってし
まった。
「むちゃくちゃだ」
「むちゃくちゃね」
竜と虎は、二人が消えた方を見ながら、いつの間にか確約した事になっているダ
ブルデートについてどうするか長い間考えた。


用意するとは言われた。此処に行けとも言われ、地図まで渡された。
それでも、頭の中では此処である筈が無いと思ってしまう。
地図の場所に指し示されたホテルはまさに別格。入口の前には頻繁にベンツが止
まるし、そこから降りる人は皆高そうなスーツに身を包んでいる。それをお迎え
する従業員の動きも、相手に最大限の尊慮を払いつつも滑らかで無駄が無い。
外観は、落ち着き払ったパールブラウン。窓の桟の一つ一つまで丁寧に磨かれ、
自ら汚れを弾いているかの如くだ。
敷地内にはプールと先程ドライバーを持っていた客が見えたから、恐らくゴルフ
場もあるのだろう。
恋人を横目で見れば、その目は丸く、口は半開きになったままで閉じない。
「ドウシマシタ?」
「「ひゃー!」」
呆然と佇む高級とは無縁の日本人二人を見て、ホテル側も流石に怪訝に思ったの
だろう。日本語を多少は話せる従業員を竜児達の元に寄越してきた。
だが、脳のドライブを必死に動かして、現実認識しようとする作業をしていた二
人に突然降り懸かった片言日本語は、おそらく英語で話されるよりも良い伏兵だ
ったのだろう。
二人は周章狼狽とし、北村から渡された紙をさっと出して、カタカタと震えたり
無駄に謝ったりしている。
従業員はそれを眉を潜めながらも受け取り、端からゆっくりと読んでいった。そ
れを最後まで読む時には従業員の顔から二人を疑う表情は消え、笑顔となってい
た。
「We have been expecting Mr.Takasu and Ms.Aisaka.Can I give you a hand?
.....OK, I'll take you the guest room.
(お待ちしておりました、高須様。逢坂様。さ、お荷物をお持ち致しましょう。
……それでは部屋までご案内させて頂きます)」
「セ、センキュー」
「ア、アリアリアリガ」
欧米では邪悪の象徴ともされるドラゴンと力の象徴であるタイガーは言われるが
ままに荷物を渡し、そして鴨の子のように後に続いた。
彼等がもう少ししっかりしていれば、この従業員の胸に付けられたK.S.と描か
れたピンバッジと、名札に印されたOwnerという文字に気付けたのかもしれない。



「Make yourself at home.(ごゆっくり)」
残酷にも魂此処に非ずの二人を一等級の部屋に残して、従業員は去って行った。
適当に打つ相槌の中で、大丈夫ですと言ってしまったのだから、一流の従業員の
としては過度な心配はかけられない。二人は彼を恨む事も今更文句を言うことも
出来はしないのだが。
「どーする?」
「……寝ましょう」
「寝るっつっても……」
部屋は外観に負けず、豪華絢爛。ダブルベッドサイズのシングルベッドが二つも
あるとはこは如何に。それでも部屋にはまだまだ充分なスペースがあるとは更に
こは如何に。
家具もシンプルでありながら匠の懲り具合がひしひしと感じられる良い物だ。
根っからの庶民とそんな彼氏と幸楽を共にして庶民化した二人には息苦しい。安
眠なんて、求めようがない。
「花は高い方が良いとでも思ってんのかよ、あの二人」
脱力感に襲われ、ぼふっと低反発のベッドに腰掛ける。そこで竜児の眉についと
皺が寄る。
「どうしたの?」
この完璧な部屋に汚れでも見つけてしまったのかと思った大河は、その愛らしい
瞳をくりくりさせながら竜児に問う。
「大河、これ聞いてろ」
懐からドスを出すような手つきで出したiPodのイヤホンを大河の耳につける。流
す曲は格調高きクラシック。
「え?なに?どういうこと?」
大河の困惑ぶりは尤もだが、詳しく説明することはしない。それが竜児の優しさ
だ。
「取り敢えず、暫くそれ聞いとけ。そしたら、そのうち眠くなるから」
大河を自分の元に抱き寄せて、頭を優しく撫でながらベッドに沈む。
当たり前だが、疲れている恋人を眠らしてあげることが目的では無い。
壁の向こうから響く生の嬌声を聞いた恋人が妙な気持ちを抱かないようにするた
めである。
(昼間の…それも普通のホテルなのにお構いなしなんて、オープンにも程がある
だろ…)
自由の国アメリカの恐ろしい面の認識について大幅な修正を加える。
犯罪大国、銃、差別、格差社会。そういった陰のイメージの物だけじゃない。
安寧、リンク、笑顔、自由。こういった陽のイメージにも怖い物が含まれてるん
だぞ、と。
ただ、自分の腕の中で心地良さそうにする大河を見て、アメリカ人を見習ってし
まいたい気持ちが沸かなくもない竜児であった。





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