「ねぇ、竜児。みのりん居ないんだ。一緒に食べていいでしょ」

5月のある日、珍しく大河が一緒に食べようと声をかけてきた。もっとも、そんな大胆な行動に出てくるのも北村が居ないとわかっているからだ。大河の思い人である北村祐作は、今日はソフトボール部の打ち合わせで昼休みも不在だ。
居れば大河はまともにしゃべることも出来ない。

「おお、いいぞ。せっかく天気もいいし屋上で食うか」

と、竜児が言ったのは必ずしも天気のためだけではない。

ちょっとだけだが、クラスメートの視線が気になるのだ。大河が大暴れして全員に謝罪を要求した後、「高須と逢坂はつきあっていない」というのが2−Cの公式見解である。
だが、事実としては二人は一緒に登校しているし、スーパーマーケットで一緒に買い物をしているのを目撃されているし、二人のお弁当のおかずはいつも一緒だし、喧嘩ばかりしているくせにちっとも離れない。
そんな二人に対して、好奇のというか、腫れ物を触るような視線が向けられるのだ。

世間の目を無視する能力をつらい子ども時代に身につけた竜児は、普段はそんなもの華麗にスルーしているのだが、ごく希に、理由無く気になる日がある。別に世界が滅びる予兆を感じるとか、黒猫が前を横切ったとかではない。
ごくごく普通の、思春期の少年らしい、こころの小さな乱れ。次の日の朝には消えて無くなっているようなさざ波を、竜児も心に持つことがある。

「そうね、じゃぁ屋上に行きましょう」

教室を出るとき、背中でいくつもの安堵のため息が漏れるのを聞いた。ちぇっ、いつもなら聞こえないのに。


◇ ◇ ◇ ◇ 


しかしまぁ、安住の地とは易々と手に入らないものらしい。好天気である。当然のようにそれなりの数の少年少女達が先客として屋上に来ている。そこそこに居心地の良い一角に陣取った二人だったが、お弁当の蓋を開ける頃には強烈な視線が降り注ぐようになってきた。

「あら、今日はお肉が多いわね。今朝のおかずは卵焼きとお味噌汁だけだったのに」
「昨日のあまりだ」

さすがに大河は竜児より胆が座っている。背中に刺さる視線ごとき、気にならないらしい。鶏肉を見てニコニコしている。

二人は少し甘かったかもしれない。2−Cのクラスメイトはいつも最大限二人に気を遣っているのだ。いくら好奇の目で見ると言っても、二人がどうすれば怒るか知った上で、見えない地雷原に踏み込まないよう安全距離を測りながら息を詰めて高校生活を送っているのだ。
だが、屋上に居る連中は違う。単なる一般市民。戦争を知らない子ども達。怖いもの知らずと世間知らずの区別がついていない幸せな高校生に過ぎないのだ。

だから、踏み込んではいけない領域に足を踏み入れてしまったのは決して彼等が悪いわけではない。それでも、

「…ちょっと、やっぱりあの二人…」
「……………ヤンキー…………………手乗り………………」
「…………の時…………血祭り………………」
「…………………つきあってるって…………………」
「…毎朝………………」

聞こえるように話したのはまずかった。そういうことは礼節に反するし、何しろ身の安全に反する。目の前でど全身の気を逆立てる大河を見て、竜児はため息をつく。あーあ、どうやら昼飯も落ち着いて食えないらしい。

ぴくぴくと片頬を振るわせていた大河が竜児に噛みついたのは、いきなりだった。

「あんた、ちょっとこれどういう事よ!私の嫌いなおかずばかりじゃない!」

いつもなら、押し殺した声で威圧しているところだ。そうして獲物が動けなくなったところに、かさにかかってくるのが大河だが、今日は少し違う。いきなり大音量。突然のことに屋上がしんとなる。


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