「大河ちゃ〜ん、い〜いものあ・げ・る」
 出勤直前の泰子から手渡されたそれは、どう見てもティッシュの空き箱。
 あえて違う点を述べるならば側面に曲がるストローが貼り付けられていることと、底面(ストローの向きからするとこちらが上なのかもしれない)に『さ』『し』『す』『せ』『そ』とそれぞれ書かれた小さな紙が五枚貼ってあること。
「……やっちゃん、これ何?」
「んふふ〜、これはね〜、竜ちゃんスイッチなので〜す」
「竜児スイッチ?」
「そう!竜ちゃんスイッチなんとか〜って言いながらこのボタンを押すとね〜、竜ちゃんが色々なことをしてくれるんだよ〜」
 ……やっぱりよくわからない。どうやら文字の書かれた紙が『ボタン』ということらしいのだけど。

「おう大河、どうし……た……」
 洗い物を終えて居間に戻って来た竜児が、怪訝そうな表情の大河の手元を見て硬直する。
「大河……そ、それ……」
「ん〜?やっちゃんに貰ったんだけど……あんたに色々させられるんだって?」
「……う……」
 答えながら大河の顔ににんまりと笑みが浮かぶ。
 よくわからないが、竜児の態度からしてどうやら『ホンモノ』ではあるらしい。
「ちょっと試してみようかしらねえ……竜児スイッチ『さ』!」
「ぐ……」
 竜児は苦い顔をしながらも壁際に手をつき、畳みを蹴って、
「さ……『さかだちをする』……」
 なるほど、どうやら『さ』『し』『す』『せ』『そ』のそれぞれを頭文字とした『何か』をするということか。
 これはちょっと楽しいかもしれない。
「それじゃあねえ……竜児スイッチ『し』!」
 竜児は逆立ちを止めて、自分の口元を手で抑える。
「……何してんのよ?」
「……『しずかにする』」
 大河の問いに小声で答える竜児。
「あんまり面白くないわね……竜児スイッチ『す』!」
 竜児はギラリと目を光らせて高須棒を取り出し、ニヤリと笑みを浮かべながらテレビ台の裏に突っ込んで、
「す……『すきまをそうじする』」
「……はいはい、竜児スイッチ『せ』!」
 名残惜しそうに掃除を中断した竜児は、今度はその場で両手をぐいっと上に伸ばす。
「せ……『せのびをする』」
「うーん、あんたはどうも捻りが足りないわね……竜児スイッチ『そ』!」
 大河の言葉に竜児は大河に近づき、その横に立つ。
「あら、『そうじする』じゃないんだ……何?」
「そ……『そばにいる』」
「……」「……」
 大河はしばし無言で。竜児も同じく無言でその傍らに。
「……竜児スイッチ『そ』」
「『そばにいる』」
「……竜児スイッチ『そ』」
「『そばにいる』」




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