仕事帰りのOL達でにぎわうオフィス街のオープンカフェ。
竜児はいつもより早めに仕事を切り上げてここへ来ていた。
エスプレッソを注文し、ゆっくりとカップを傾ける。
向かいの席は誰かが座るのをずっと待っているかのように空いていた。
約束の時間まであと、少し。
この時間が竜児にはたまらなく好きだった。

「待たせたわね」
カップの中身が半分に減った頃、スッと言う感じで竜児の前に座るのは同じく職場帰りの大河である。
しているのかしていないのか分からないくらい自然なメイク。
一日の終わりになっても流れることなく、大河を淡く彩っていた。
大人びた顔立ちに残るあどけなさが大河を少しだけ幼く見せている。

「どうしたの?竜児。じっと、私のこと見て」
「いや、久しぶりだな・・・と思ってさ」
「そっか、先週は竜児も私も忙しくて、会えなかったんだっけ」
「だから、久しぶりの大河をじっくり見たくなった」
実際、大河は会うたびにきれいになっていくみたいで近頃、竜児はドキっとすることが多い。
「ふ〜ん、じゃ、どうぞ」
デジカメのズームを効かせたみたいな大河のドアップ。
テーブル越しに竜児に顔を近づける大河。
バラの様な感じの大河の口元は高校生の頃と変わらない。
いまさら照れるような間柄じゃないのは分かっているつもりでも、竜児は動揺してしまう。

「ちょ、ちょっと離れろ。分かったから」
「え?もういいんだ。つまんない」
期待はずれ・・・と言う顔で大河は元のポジションに戻る。
どうしてこうなったんだろなうなと竜児は思う。

大学を卒業したら、ちょっと家事手伝いをして、竜児と一緒になると漠然と思い描いていた大河の未来図。
それが、少しは世間を見た方がいいと言う意見もあって、大河は家事手伝いを止めて、就職する道を選んだ。
ほんの腰掛程度ですぐに辞めるつもりのはずだった大河。
それがどうしたことか、水が合ってしまったとしか言いようがない。
大河は仕事にやりがいを感じ、今では職場で大活躍らしい。
その一方で竜児も、それなりに大事な仕事を任されるようになり、日々多忙を極めている。
そんな日常が続き、このところ大河とすれ違いが目立つような気がしてならない。
忙しさに馴れて、何かを見失っているようで、竜児はもやもやするものを感じていた。


いつもの会話がふと途切れた瞬間。
「ねえ、竜児」
「なんだよ?」
「ちょっとしたゲームしない?」
「ゲーム?」
「うん。負けた方が、ここの支払いをするの」
「俺はかまわねえぜ」
「じゃ、ルールを言うね。とっても簡単だから・・・私がこれから竜児にいくつか質問するから、竜児は全部 『いやだ』って答えてくれればいいの。答えられなかったら負けね」
「そんなの簡単だろ」
大河はふっと口元だけで笑うとゲームの開始を告げた。
「ねえ、竜児・・・三遍回ってワンって言って」
「いやだ」
「ねえ、竜児・・・一億円ちょうだい」
「いやだ」
「ねえ、竜児・・・私の部屋、そうじして」
「いや・・・・・だっ」
「ぐらっと来なかった?」
「まだまだ・・・甘いぜ、大河」
「ちぇ、しぶといなあ・・・]
大河はチラリと目線を動かし、竜児を上目遣いに見る。

「ねえ、竜児・・・」
「ああ」
「・・・私と・・・結婚しよ」
「・・・いや・・・じゃない」
「竜児の負け・・・やっと言ってくれたね」
満面の笑みで竜児を見つめる大河。
「待ちくたびれたよ、私」
あの時から何年待ったと思うのと言う大河。
「すまん」
ひと言に思いを込めて竜児は応えた。
「いいよ、竜児、そんな顔しなくても・・・その分、いっぱい返してくれるでしょ?」
「ああ、何倍にもして返してやる」
ずっと、大河を待たせて寂しい思いをさせたことへの返礼はたっぷりしてやると竜児は請け負う。
「楽しみにしてる」
そう言うと大河は小さく笑った。

「今夜は返礼の第一弾だからね」
念押しする大河と腕を組みながら、竜児は頼もしく返事をする。
「おう、任せとけ」

そして、そのまま寄りそうように夜の街へ消えて行く、シルエットがふたつ・・・。




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