ぱぁん!
 ライン際で大河が打ち返したテニスボールが実乃梨の足元に突き刺さる。
「もらった!」
 風切り音と共に振われるラケット。しかしボールはその回転により実乃梨の予測から逃れるような軌道で跳ね、打ち損じとなった打球は緩やかな孤を描いて大河の逆サイドへ。
 本来なら簡単に打ち返せるであろう球。だが、それを為すべき男はなぜかぼぉっと突っ立ったままで。
「ちょっと竜児!」
「お、おうっ!」
 慌てて駆け寄るも時既に遅し。ラケットは虚しく空を切り、転々と転がるボールはすなわち北村・実乃梨ペアの勝利を意味していた。


 受験勉強の息抜きにと、四人が訪れたのは最近オープンしたスポーツセンター。
 運動部だが門外漢の北村・実乃梨ペアと元バドミントン部&テニス部の竜児・大河ペア。
 昼食を賭けてのテニス勝負はそれなりの接戦になると思われたのだが……


 セルフサービス式の食堂で、竜児の持つトレイの上にはハヤシライスとかけうどん。北村のものにはスパゲティとカレーライス。ちなみに料金は『ボロ負けしたのはあんたのせいだ』とのことで全て竜児の払い。
「しかし高須、今日は随分と調子が悪かったようだがどうしたんだ?」
「そんなことねえって。俺の実力はあの程度なんだよ」
「いや、以前授業でやった時はもっと動きがよかっただろう。それに今日はなんだか集中できてない感じだったぞ。
 もしも体調が悪いのに無理して付き合ってくれてるなら……」
「いや、本当にそんなんじゃねえんだよ」
「しかしだな、誘った側としてはやはり責任というものが」
「ホントに体調の問題じゃねえから、北村が気にすることねえってば」
「じゃあ、一体どうしたというんだ?」
「あー…………大河には黙っててもらえるか?」
「わかった、高須がそう言うなら」
「その、だな……情けねえ話だが……尻、なんだよ」
「尻?」
「おう、目の前で大河の尻があっち行きこっち行きするのが……そういう風に見ちゃいけねえと思えば思うほど、かえって気になっちまって……」
「……まあ、高須も健全な男子だったということか」
「おう、そりゃまあな。だからこのことはくれぐれも大河には内緒に……」
「誰に何が内緒ですって?」
 背後からの声に竜児がおそるおそる振り向けば、そこには柳眉を逆立てた大河の姿。
「た、大河……どうして……」
「私にもちょっとは負けた責任あると思ったから、運ぶのぐらいは手伝おうと……でもまさかそれが、あんたが時と場所をわきまえないエロ犬だったからだとはねえ……」
「ま、待て、ちょっと待てよ大河」
「何よ、今更命乞い?」
「いや、ほら、今ここで暴れると他の人にも迷惑かかるし、せっかく買った昼飯も無駄になるし」
「……そうね、それじゃ今は勘弁してあげる」
 その言葉にほっと胸を撫で下ろす竜児を、しかし大河はぎん!と睨み付けて。
「帰ったらお仕置きだから」
「お、おう……」




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