「はあ〜退屈だわ〜」
机の上に上半身を突っ伏して、いかにもやる気がない声を上げているのは大河だった。
「退屈、退屈って・・・おまえは何しに学校へ来てるんだよ」
そんな大河の台詞を聞きとがめて、たしなめる竜児。
「決まってるじゃない・・・あんたのお弁当を食べるためよ」
顔も上げずうそぶく大河に竜児はあきれ顔を見せる。
「昼寝って言わなかっただけましか」
小さなため息を口から漏らし、竜児は真下に見えている大河の後頭部の上にドスンと音を立てて物を置いた。
「痛い・・・何てことすんのよ」
案の定、怒りをあらわに大河は後頭部に手を添えて机の上から跳ね起きた。
「おう!」
慌てて竜児は大河の後頭部へ置いた物を落とさないように手で掴んだ。
「もう、何とか言いなさいよ」
つま先立ちになって竜児を弾劾する大河だったが、ほらよと竜児が差し出したものを見て急に大人しくなる。
「もう、そんな時間」
「4時間目の英語が終わっただろ」
「3時間目だと思ってた・・・うん、確かにお昼だわ」
お腹に手をあて自分の腹時計と教室の時計を見比べて納得したのか大河は竜児が差し出したもの・・・お弁当包みを奪い取った。
「これでしょ、さっき落としたの?」
自分の頭上に落とした物の正体を大河は当てると衝撃の度合いと重さからお弁当箱の中身を推測する。
「いい具合に重かったから・・・から揚げ」
声、高らかに大河はおかずの種類を言い当てた。
「超能力者、大河様ね」
正解だと告げる竜児に得意気に大河は胸を張る。
どんなもんよと有頂天な大河に竜児は冷静だった。
・・・夕食が天ぷらで、明日の弁当用にって鶏肉を買ってれば、分かるだろ、普通。

「あれ?みのりんは」
教室に親友の櫛枝の姿が無いことに気づき、大河はきょろきょろする。
「櫛枝は部活の用事だ、ついでに言うと北村は生徒会だ」
北村くんのことなんて聞いてないでしょと少し口を尖らす大河。
「そいうわけで今日は俺とおまえだけだ」
そんな大河を気にもかけず竜児はふたりだけでランチだと大河へ告げた。
「あんたの顔見ながら食べても・・・いつもと変んないじゃない」
やっぱり退屈だと文句を言う大河。
わがまま姫の要求に竜児は仕方ねえなと大河を教室から連れ出した。


「屋上?」
「ああ、たまには外で弁当って言うのも悪くねえだろ」
「何処で食べても同じよ」
「いいから、来い」
何だかんだで屋上へ連れて来られた大河。

いつもは幾人かの生徒の姿がある屋上だったが、この日は竜児と大河の貸切状態。
コンクリートの出っ張りをベンチ代わりに座ったふたりはさっそく、お昼に取り掛かる。
お弁当を開けば、さっきまでぶつぶつ言っていた時の面影は何処へやらで、大河は幸せそうにから揚げを箸で摘んでいた。
「ん・・・おいし」
「冷めてもおいしく作るのが、絶妙な油の温度で・・・」
「いいのよ、能書きは」
竜児をさえぎる大河。
竜児としてはちょっとくらい、作る側のうんちくとやらを言ってみたいのだが、心底、おいしそうに食べる大河の姿に、まあいいかと言う気持ちになる。

「ふう、ごちそうさま」
食べ終えると、さも当然と言わんばかりに空になったお弁当箱を竜児に押し付けて来る大河。
それを当たり前の様に竜児は受け取ってしまい、少し苦笑する。
・・・まったく・・・でも、ま、「ごちそうさま」って言うくらいは進歩してるんだよな。
最初の頃なんて、食うだけ食ってそれでおしまいだったしな・・・と竜児は隣に座る大河を横目で見つめる。
陽の下で見ると、けっこう色白いよな・・・大河・・・。
たった今、気がついたと言う風に竜児は改めて大河へ視線を向ける。
長い髪の脇から伸びるあごへの横顔のラインは乱れることなくまっすぐで、それでいて女性特有のふっくらさを竜児に感じさせた。
ちょうどその時、屋上を駆け抜ける風が大河の長い髪を揺らした。
「ん・・・ん」
髪の乱れを気にするように大河は無意識に肩の辺りから髪をかき上げる。
髪の下の隠れていつもは見えない大河の耳がチラリと見え、竜児はわけも知らず、目を逸らした。
さらに、大河が髪を揺らしたことでフルーツ系の香りが微かに竜児の鼻腔を刺激する。
思わず、ドキッとしてしまい、再び大河を見つめる竜児。

「何、ジロジロ見てんのよ」
竜児の視線に気がついた大河が不機嫌そうな声を上げる。
ジロジロだなんて滅相もないと竜児は慌てて否定する。
「ふ〜ん」
すぐに大河は興味が無いと言うような顔になり、それから小さな掛け声を出すと勢いよく立ち上がった。
「よっと・・・」
そのまま、座っていた場所の目の前にある屋上の床から人の背丈の半分くらいの高さに出っ張った細いコンクリートの塀の上に平均台よろしく大河は飛び乗った。
両手でバランスと取りながら、しっかりした足取りで大河は竜児の前を歩く。

数メートル先を右から左へ竜児の視界をゆっくりと横切ってゆく大河の姿。
下手な奴が乗ったらすぐにでも落っこちてしまいそうな場所を危なげなく歩む大河に竜児は感心する。
風速3メートルの風が大河の髪をふわりとなびかせる。
竜児はそんな大河を目に焼き付けるようにしてただ見つめていた。
・・・大河。
彼女のことをそう呼び始めて、まださほど経っていない。
ひょんなことからそうなっちまったけど・・・。
竜児は思う。
思えば異性を名前で呼ぶなんて、母親を除けば目の前にいるこいつだけなんだと。

それはそれで・・・悪くねえと竜児は考える。
親友同士、名前で呼び合うのは当然なんだから・・・

つきさっき、大河に感じてしまった異性を否定するように竜児は自分を納得させようとした。


しかし・・・
そんな竜児の気持ちと裏腹に・・・時には自然はいたずらをする。
風速10メートルの突風が屋上を襲う。
「うおう」
舞い上がるほこりから守ろうと細めた竜児の目に映った一瞬の白い色。

下から吹き上げた突風はコンクリートの上に居た大河も容赦なく襲い、スカートをいい具合に持ち上げていた。
時間にして、ほんの数秒間。
大河の絶対神聖な空間がさえぎることなく白日の下、竜児の眼前にさらされていた。


慌てたようにコンクリートの上から飛び降りた大河は真っ赤な顔で竜児の元に駆け寄る。
殴られるんじゃないかと身構える竜児。
慌てて、目を閉じ衝撃に備える。

でも、いくら待っても何も起こらなかった。
恐る恐る目を開けた竜児の前で大河はうつむき加減でぼそぼそと何か言っていた。
拍子抜けしたように竜児が大河をよく見ると、左手の指先を右手で触りながらもじもじしている。

「・・・見た?・・・見えちゃったよね・・・今の・・・ね・・・竜児」
大河が真っ赤だったのは怒りからではなく羞恥心からだとこの時、竜児は初めて気がついた。

顔を赤らめてうつむく大河は小柄な体もあってひどく可愛らしく見える。
日頃の暴君振りと真逆な大河に竜児は心のどこかに刺さる矢の音を聞いた気がした。

・・・馬鹿な、こいつは単なる飯を食いに来てるだけの居候で・・・それ以上でも・・・ねえはず。

そう言い聞かせれば聞かせるほど、心に食い込む矢じりを竜児は感じ取った。


「ねえ、聞いてんの?」
無反応な竜児にじれてとうとう大河は声を荒げる。

「お、おう・・・その・・・なんだ、見えちゃいねえ・・・少しスカートが膨らんだだけだ」
あからさまに嘘付いてますという竜児のしゃべり方だが大河には伝わらなかった。
「そ、そう。ならいいのよ」
いかにも安心したと言う表情を見せ、屈託の無い笑顔をほんの一蹴だけ竜児に見せた。

邪心の無い無垢な大河の素顔に触れ、竜児は思わず大河をじっと見つめた。
そんな竜児の様子を感じ取ったのか、大河は笑みをすぐに引っ込め、またいつものような無愛想な仮面を付けた。

「行くわよ、竜児」
不機嫌そうに竜児に背を見せ、階段へ向う大河。
その小さな背を慌てて竜児は追い掛けながら、思った。

・・・なんか、こいつと居ると飽きねえな。

竜児の中で大河に対する気持ちに変化が始まる。
当の本人が気が付かないくらいの小さな変化・・・。

それに竜児が気が付くのは・・・まだ、先のこと。



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