PiPi・PiPiと音量を抑えた携帯のアラームが鳴り、竜児は読んでいた本から顔を上げる。
「大河、どうだ?」
 図書館の他の利用者の迷惑にならないよう音を止めて、傍らを見やれば眉根を寄せた大河。
「んー……一応全部埋めはしたけど……」
 言いながら竜児の方に押しやるのは数学の問題集とそれを解いたノート。
「どれどれ…………大河、ここ2乗と3乗を間違えてるぞ。それで以降の計算が全部おかしくなってるんだ」
「ああ、解いててなにか変だと思ったら」
「それからこの問題な。ここをa+b、こっちをabとすると、abを素因数分解してやればaとbはすぐに出せるだろ」
「……ねえ竜児、どうしたらそんなにスラスラ解けるようになるわけ?」
「どうしたらと聞かれても……まあ慣れだな。数学の勉強のポイントはとにかく沢山の問題を解くことなんて言ったりもするし」
「なるほど……」

「ところで竜児」
「おう?」
「さっき読んでたの、何の本?」
「おう、四字熟語とかの本でな、けっこう面白いぞ。『三々五々』は李白の詩に出てきたのが最初とか」
「……ごめんなさい竜児。それのどこが面白いかわからないわ」
「お、おう……それじゃわかりやすいところで『朝三暮四』なんてどうだ」
「どんな話?」
「昔ある人が猿にやる餌を減らす時に、『これからは木の実を朝に3つ、夕方に4つやることにする』って言ったら猿が怒ったんで、
 『じゃあ朝に4つ、夕方に3つやることにする』って言ったら喜んだって話だ。それから口先三寸で人を騙したり騙されたりすることを言うようになったそうな」
「へー、アホロン毛みたいな猿ね」
「いや、いくら春田でもその程度ではひっかか……るかもしれねえな……」
「竜児、ちょっとそれ見せて」
「おう」
 受け取った本をパラパラとめくり、大河はふと手を止めて。
「あ、これなんか今の私の心境に近いかも」
「どれどれ……『隔靴掻痒』?何がもどかしいってんだ?」
「んー、こうやって図書館で一緒に勉強するのももちろん悪くないんだけどね、やっぱほら、公共の場所だし、あんまりくっついたりってわけにはいかないじゃない?」
「おう……それじゃ、来週はうちで勉強するか」
「うん!」




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