宵闇がせまる公園で、小柄な少女の前に立つサングラスにマスクの男。
「へっへっへ、おじょーちゃんかわいいねえ。ちょっとおにーさんとあそばないかい?」
 あからさまに怪しい台詞に少女は怯えた表情をうかべ、後ずさること数歩。
 男のにじり寄る速度はそれより僅かに速く、その手が少女の肩にかかった瞬間。
「いやーっ!」ぼずん!
 叫びと共に放たれた右ストレートを鳩尾に食い込ませ、男は声も出せずにその場に崩れ落ちる。
「……あ」
 呆然と自分の拳を見つめる少女。
「…………『あ』じゃねえ……」
 よろよろと立ち上がる男。外れたサングラスの下から現れたのは、少女を射殺さんばかりの鋭い眼差し。
「本気で反撃するとか、聞いてねえぞ、俺は……」
 その実、中身は人畜無害の権化たる高須竜児なのであった。

「まったく、変質者に絡まれてる所を北村に助けてもらう作戦の練習じゃなかったのかよ。大河が自分で撃退しちまったら意味ねえじゃねえか」
「竜児の変質者っぷりがあまりに真に迫ってたから、思わず手が出ちゃったのよ。あんた素質あるわー」
「……嬉しくねえよ。ともかく、もう一度最初からな」
「んー……やめた」
「何!?」
「考えたらちょうどいいタイミングで北村君が通りかかるとは限らないし、待ち伏せしてやったら不自然になってバレるかもしれないし」
「……そーゆーことは最初に考えろ」
「なによ、竜児だって気づかなかったじゃない」
「そりゃそうだが……しかたねえ、帰るか」
「あ、その前にちょっとジュース買ってきて。喉渇いちゃった」


「!」
 2本のジュースを手に戻ってくれば、ベンチに座った大河の前にマスク姿の男が立っていて。
「大河!」
 思わず駆け出す竜児。
「てめえ、何してやがる!」
 叫び声に振り向く二人。竜児を見たとたん、踵を返して逃げ出す男。
 一瞬追いかけようかとも思ったが、今はそれより大事な事が。
「大河、大丈夫か!? 変な事とかされてねえか!?」
「……あんた、ひどい奴ねー」
「へ?」
「道を聞いてただけの人を、悪鬼の形相で追い払っちゃうなんて」
「え? だって、マスク……」
「風邪ひいてるみたいだったわよ」
「お、おう……そうだったのか……」
 追いかけて謝ろうにも、もはや男の姿は影も形も無く。
「……なんてこった」
 後悔と罪の意識でがっくりと肩を落とす竜児に、しかし大河は微笑んで。
「でもまあ、勘違いとはいえ私を守ろうとしてくれたのよね。ありがと竜児」
「……おう」
 と、その笑みが『ニコリ』から『ニヤリ』に変化する。
「これからもその調子で、しっかりと犬の務めを果たすように」
「……大河、おまえなあ……」



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