「お〜よちよち、世界一かわいいでちゅね〜♪」
「……ねえ、やっちゃん。」
「なぁ〜にぃ、大河ちゃん?
やっちゃんがちゃ〜んと見てるからぁ、休んでていいんだよ〜?」
「うん、ありがと。
あのね、やっちゃんが竜児を……。
──やっぱ何でもない。」
「竜ちゃんがぁ、このくらいちっちゃかった時はぁ〜、」
「!」
「やっちゃんには竜ちゃんしかいなかったんだ〜。世界で二人っきりだったんだよ〜。
だからぁ、ちょ〜っと大変だったけどぉ、ち〜っとも嫌じゃなかったよお!」
ちょっとどころじゃなかっただろうな、と大河は思う。自分には安心して住める家があり、収入があり、家族みんなに祝福され、何より愛する伴侶が傍にいるのだ。
大河は唇を噛んで、相変わらず年齢を感じさせない義母の柔和な笑みを見つめた。
この人は、一体どれほどの寂しさを、苦しみを、ひとりで──。
「私……。やっちゃんにとても、とてもひどいことをしたんだね。」
「え〜?」
「やっちゃんの大事な竜児を。やっちゃんから奪おうとしたよ。
ずっとずーっと長い間会えないような遠くへ、連れて行こうとしたよ……。」
子を持って初めてわかる親心。
涙声でうつむいたつむじを、赤ん坊を抱いていない方の手が優しく撫でた。
「大河ちゃんは〜、竜ちゃんを奪ったりなんかしてないよ〜。」
「だって、バレンタインのあの夜……!」
「大河ちゃんは竜ちゃんを連れて帰ってきてくれたんだよ〜。
もしあの時大河ちゃんが一緒じゃなかったらぁ、竜ちゃんとやっちゃんはあのまま、二度と会えなかったかもしれませ〜ん。」
「そんなこと……!」
あり得ない、と叫ぼうとした大河を遮るように、泰子は小さく首を振った。
「あるんだよ〜。
それにぃ、前も言ったけどぉ。大河ちゃんがず〜っと竜ちゃんと一緒なら〜、やっちゃんはそれでいいやって思ったよ。
だからぁ、やっぱり大河ちゃんにはいっぱいい〜っぱい、ありがとうなんだよ?」
こんなにかわいい天使ちゃんにも会わせてくれたしぃ〜、と孫のふくふくほっぺに頬ずりする姿は、大河にかつて見た聖母のイコンを思い出させる。
その時、その腕の中の小さな命がむずかるように声を上げた。
「や〜ん、すぐおっぱいの時間がきちゃう〜!
やっちゃんは残念だけどもう出ないから〜、今のうちに寝ちゃわなきゃ〜。」
いやんいやんとかぶりをふるたび、その大迫力の膨らみがゆさゆさ揺れて、説得力が無いこと甚だしい。
「──ありがとう。じゃそうさせてもらうね。
お休みなさいやっちゃ……、“おかあさん”。」
一瞬だけきょとんとして、すぐに破顔し。泰子は“娘”の少し痩けた頬を、手のひらで優しく包みこんだ。
「お休みなさい、大河ちゃん。」
──かわいいかわいい娘ちゃん♪
歌うようにそう囁かれ、大河はこみ上げる感情を堪えるように、深々と頷いた。
おわり。
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