「どうした、大河」
恋人に声をかけられて、少女が顔を上げる。いつもは星が輝くような瞳も今日は力が無く、長いまつげに守られたまま、静かに時の終わりを迎えそうな憂いをはらんている。声をかけた男は問う。なにか困ったことでもあるのかと。
ない、と答えるように首を振る少女。
秋もすっかり深まり、早くも11月。いまひとつ乗り切れなかったハローウィンが去ってしまうと、二人を
待っているのはクリスマスである。
「何も問題がねぇならいいが」
と、男は顔を上げ、ほんの少し空を見上げる。酷薄に眇めたように見える目も、よく見れば優しい光をたたえている。マフラーの季節までもう少し。ジャケットのポケットに手を入れて歩きながら、
「らしくねぇと言えば、らしくねぇぞ」
そんな風に、恋人に優しく語りかける。
「そうかもね」
大河、と呼ばれた小柄な少女もそう呟いて微笑む。二人が付き合いだしてもうすぐ3年になる。あっという間だった。いくつもの年を越えた気がするけど、たった三年。でも、やっぱりあっという間の三年。
いろいろなことがあった。つきあいはじめたころのつらい日々に比べれば、今抱えている悩みなんて何てことはない。
「あのね」
と、少女は歩きながら微笑む。
「どうした」
応える竜児の声はあくまで優しい。
「ちょっと悩んでたけど、決めた。もう悩まない」
「何がだ?」
意味のわからないことを言い出すのはいつものこと。そんな事までが二人の幸福になっている。
「年賀状どうするか、考えてたのよ。でも、決めた。竜児の写真にする」
「俺の写真……辰年かよ」
ふふふ、と小さく笑う大河の横で、竜児は苦笑。寅年には手乗り『タイガー』こと大河の写真を使ったから、竜児には文句が言えない。
「ちぇ、それで?いつ写真撮るんだ?」
「もう撮ってってあるよ」
ほら、と見せてくれた携帯の待ち受け画面は知っている。いつぞやのバレンタインデーのバイトの時に撮られた変な顔の写真。
「そんな顔使うなよ」
「なによ、いいじゃない」
「いや、よくねぇ。俺は普段もっとましな顔をしている」
「どんな」
「こんな」
と、作って見せた顔に大河が吹き出す。本人は『キリッ』としているつもりだろうが、効果音を選ぶなら『ギンッ』が適切だ。後ろで烏がギャーギャー言いながら飛び立っていく。
「その顔はないわね」
「ひでぇ。じゃぁこれでどうだ」
そういうと、竜児は立ち止まり、大河に向かって顔を作る。今度は大河が腹を抱えて笑い出す。後ろで猫がフギャーッと一声あげて逃げていった。
「なにそれ!」
本人は『ニコッ』としているつもりだろう。しかし、効果音なら『にやぁぁぁぁ』と言うところ。
「畜生。こうなったら意地でも俺のいい顔を」
「いいのよ、竜児」
息巻く竜児の袖を引っ張って大河が笑う。
「よくねぇ。そんな写真ばらまかれちゃたまらねぇ」
「そうじゃないの」
「なんだよ」
不機嫌そうな竜児を大河が少し意地悪に見えないでもない笑顔で見上げる。大河が時折作るその顔が竜児は実は大好きだ。
「あんたがとっても優しい顔するのは知ってる。だけどね」
少し冷たい風が吹く晩秋の夕暮れ。頬を染めて、大河が声を小さくする。
「他の子には教えたくないの」
(おしまい)
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