【これまでのあらすじ】親元で一年を過ごし進学した逢坂大河は大橋の町に帰ってきた。高須
家から徒歩3分のワンルームマンションで独り暮らし。ぶじ嫁入りのその日まで!などと大げ
さな話は置いといて瑣末事を綴ったエロコメディ(要するにアニメ版アフターです)



 高校を卒業して、別々に進学した竜児と大河は結婚という遠大な目標に向けて鋭意努力をし
始めていた。他人であったふたりが奇しくも出逢い、惹かれあって、ずっといっしょに居たい
と願った以上、そしてふたりが同性でなかった以上は、当然の帰結と言えた。
 19歳になった逢坂大河と、もうすぐ19歳になる高須竜児は、めでたく恋人以上夫婦未満
といった関係になっている。
しかし、やることはとっくに済ませていても、いまだ親がかりなふたり。
 やはり毎日エロエロアマアマに惚けてるわけにもいかない。そういう甘美な数日間がたまに
はあっても、社会に巣立って、いつかは自分たちだけの家庭を持つための準備を怠るわけには
いかないのだ。したがって、のべつまくなしにイチャついていないで学生の本分を全うしろ!
という自律的な制約を、どちらからともなく課している。
 それは“したくなっちゃうようなエロい行為を平日は自重する”ということ。

 とある日曜日。
 さんざんおためごかしを書いておきながら、日々のつとめをこなしたら制約を解放してもよ
いとふたりが暗黙に決めている休日がやってきて、この話は始まる。


「りゅうじおっはよーーーぉぅっっ!」

 ばあん!と扉が破壊されるような勢いで開けられた。“元手乗りタイガー”逢坂大河が機嫌
よく高須家を訪問した合図だった。
 朝7時。
 かつての大河なら、休日は昼前になってからようやくメシを求めて顔も洗わず寝癖だらけの
ロングヘアをほやほやとぶら下げヨダレを垂らしながら半笑い(愛想のつもり)で訪れていたも
のだが、高校を卒業した今となっては違う。
 淡くけぶって腰まで届く薄い茶髪をきっちりおさげに編み込み、目覚めもさわやか、うっす
らと年齢相応のナチュラルメイクまで済ませて、満面の笑みは開きかけた薔薇のよう。扉を壊
すような粗忽ぶりだけは変わらないものの、竜児の彼女であり且つ婚約者である自覚を十分に
纏っていた。
 左手には先だっての誕生日に贈られたペアリングも光っている。
 基本は美しく貧乳で可愛い女。そして態度は現在もそれに見合ってはいない。

「おう大河、お早う!……もうちょっと静かに開けろよ。泰子起きちまうだろ」
「あ、ああごめん。つい。なんかつい。……もうっ!」

 エプロン姿で手を拭き拭き出迎える竜児に、靴を脱ぎ散らかして駈け込んだ大河は思い切り
のタックルを決めた。あ、まあ抱きついた、ということだ。小柄で軽い大河の激突を受け止め
きれないほど竜児も非力ではなく、しっかりと抱きとめてしばしの一体感を味わう。

 身長差が30センチ以上あるカップルらしく、大河は竜児の鳩尾に顔を埋めて、胴周りに腕
を回し込んで抱きつく。竜児は大河の頭から肩を上から包み込む。
 ふわっと立ち上るなんかの花の香りもして、コロンかトワレを仕込んでいるらしい。以前は
甘いバニラの香りだったから、なんだかずいぶん洒落っけが増したな、と竜児は思う。
 そうして少したったら、最近ふたりで開発した体位(「体位って言うな!」逢坂大河:談)
に移るのがこのところのお約束だった。

 それは、大河を立たせたまま竜児が膝立ちになる。というもの。
 そうすると、竜児の目線は大河の顎の下あたりに来ていつもと真逆、見上げる竜児を大河が
見下ろす。見下ろしながら目をふにゃぁ〜っと糸のように細めて、竜児の頭を抱きかかえたり、
でこちゅーやら瞼ちゅーやら普段はできない愛情表現を、この際は存分に楽しんでいる。

 嫌なら蹴るか殴るか爆発するか頭突きするか逃げるかなにかするだろう、思いついたらやっ
てみる。互いにウケたら次からお約束。という名称未設定メソッドによって、ふたりの愛情表
現は日々新規に開発され続けていた。つまり、これがバカポークォリティというもの。


 もっとも、竜児にとってのこれは、大河に一方的なサービスをしているばかりでもなかった
らしい。

 この体勢になれば彼女の華奢な背中にごく自然に腕を回すことができた。スレンダーであっ
てもきっちりと筋肉の付いたかたちの美しい背中や脇腹の、とくに締まって魅力的なくびれの
辺りを触りまくれる、という。どうひいき目に見たところでエロい目的があったのはまあ間違
いなかろう。なにしろ胸に頬を埋められる位置でもあるし、ちょっと手を下げればきゅっと小
ぶりな尻や意外なボリューム感をもつ太ももを撫でられるわけで。
 その辺はお互いに分かってはいてもギブ&テイク。多少相手がはぁはぁしようと誰かに見せ
るわけでもなければ、何か困るわけでもない。ということで、竜児はおあずけ解禁の今日、日
曜日の朝。遠慮会釈なく大河の背中を撫でまわしていた。

 ――あれ?無え?

 小っこくて貧乳なのは事実であっても、それがどうした。俺はこいつのエロくて可愛いとこ
ろをたくさん知ってるぞ。誰にも教えてやらんがな。――と思っているかどうかは竜児本人し
か知らないことだが、まあ、鼻の穴の広がり具合を見れば当たらずとも遠からじ。
 親愛の情から劣情へといきなりスイッチが切り替わり、ぶくぶく別府温泉のように湧き出し
ているのも想像に難くない。その途中で竜児の手が止まっている。

 ――ねえよな?やっぱり。

 ないのだった。手触りが。ブラの。

 近頃すっかりラフな格好が板に着いた大河は、今日もジーンズ姿であった。
 いま着ている、竜児と出かけたときお揃いで買ってきたプリントTシャツは、一番小さいサ
イズなのにぶかぶか。結局は身体の線など出ない可愛いばかりな格好で、アンダーに何を着て
いてもバレようもないのだが、きっちりハグしてしまえばそれはちゃんと分かる。

 その、ニコライ・A・バイコフが旧満州の森の主たる、とあるシベリアンタイガーの一代記
を書いた『偉大なる王(ワン)』の主人公を模したと思われる、額に「王」の字の紋様を描かれ
た虎のイラストをプリントしたTシャツは、竜児が冗談半分に買ってやったら、大河が意外に
もネタと思わずに気に入って着ているものだ。
 お返しとばかりに大河は某ジャンプの人気漫画に出てくる神龍のTシャツを贈ってくれたの
だが、まあそんな過日のエピソードはどうでもよく、どこがお揃いなのかも本人たちが納得し
ていればいいこと。
 ともかく竜児は迫力満点の虎の顔に頬ずりしながら元虎と呼ばれた女の背中を撫でまわして
いるうちに、無い、と気づいたのだ。

 ノーブラなのだろうか?と凶眼を眇めてつらつら考える。
 そう言えば最近女子の間では流行っていると聞く。アンケートをとると27%がどこまでも
ノーブラで外出するよと答えるとか。そのぐらいの情報なら竜児といえども知っている。とい
うか大河が彼女になってから妙に気にするようになった。27%の大半がAAカップ&Aカッ
プの女性であるという細かいところまで。
 しかしそのアンケートは大手下着メーカーが行ったもので、対象は25〜54歳の女性に対
してのものだったはずだ。19歳は違うんじゃねえか?と思う。
 形くずれたりとか、心配しないのか?
 
 とかなんとか考えていたら、頭上で、ふふん?と笑う声がする。
 エロりゅうじ、ノーブラだと思ったでしょ?相変わらず朝っぱらからあんたの性欲にはほん
っと頭が下がるわねー。ま?

「はぁはぁされると嬉しくなっちゃう私がどうこう言えることではないけど?」
「……俺はそんなのより。……その、形くずれちゃったりしねえかな?って」

 な?心配してただけだよ。……すまん嘘。やっぱり興奮した。お前の色仕掛けにまんまと乗
せられちまった。くそう、こんなに無い乳に!と、ふにょんとした膨らみにぎゅーっと顔を押
し付ける。


 あれ?「ふにょん」?
 これっていつもよりワンサイズ大きくねえ?どうせなにか盛ってるだけなんだろうけど、そ
れにしてもどういうことよ?気になる。気になるじゃねえかあーっ。
 その竜児の頭を抱え込みながら、ある意味で酷い罵倒をやり過ごした大河は、あ、あんたも
なかなか口車が巧くなったもんだわ、持ち上げて、落として、態度で締めるなんてと、まった
く意に介さず。

「まあ、正解はヌーブラ」
「ノーブラでなく、ヌーブラか?」

 そうそう、と身体を離して腰を屈めた大河が、ぶかぶか虎Tシャツの襟口を押し下げて見せ
た。隙間から臍まで見通せてしまった中に、確かにベージュ色に張り付いてる。努力のすえに
作られたわずかな谷間も見えた。

「ほうほう……盛ったもんだ」
「ワキ肉とかあったらもっと盛れるらしいけどね。いまはこれが精一杯」

 というわけでね。どうよ!?腰に手を当てて、傲岸にフンッと胸を反らせてみる、お馴染み
のポーズ。確かにプリントされた虎のほっぺたがふにょんと盛りあがってはいた。いたけれど
も、その態度が男のエロ心を刺激するかと言えば、そんなことは欠片もない。
 とは言え、そこは好きな女がやってること。大河が竜児のなんかのスイッチを、ポチっと押
したのも、また間違いはなかった。


「……」
「……」
「……おかわりは?」
「……ちょうだい。ていうか、そんなに見て。いい?」
「え?……お、おう。まあ」

 ふたり差し向かいで朝ご飯の午前8時。日曜日というのは近所の生活音も穏やかで、静まり
返って、天気もよく風もないとくれば、住宅街はほんとうに静かなものだ。
 そんな中で鋭い目の周りをぐるりと朱に染めて、ちらちらと彼女の胸元に視線を投げる竜児
の気、というかオーラ、もしくは期待感、のようなものが大河にも伝染して、爽やかに春から
初夏へと移りゆく気候に似つかわしくない若干しけった空気を醸し出している。

 上目遣いに凶眼を眇めて、描かれた虎を睨みつけては赤くなる彼氏というのも何に興奮して
るのか傍から見たら分からないよね……と思いながら大河が話しかける。

「私、一日空いてるけどどっか行く用事ある?付き合うよ」
「おう……俺も空いてるが。とくに用事は……ねえな」
「じゃ、さ」

 お休みの日とはいえ、やっぱり高須家では昼間っからイイコトはできない。竜児の母、泰子
にもふたりが既にそういう関係であると知られてはいたが、在宅中に事に及べるかとなるとさ
すがにそれはなかった。羞恥心という以前にそんなことで気を使わせたくはない。
 かといって泰子が出勤する夜から深夜にかけてというのも、翌日へ残す影響を考えたらでき
れば避けたい。諸々の状況に適応したら自然と、昼間、大河の部屋で、となる。

 当然ながら、きちんとした性格の竜児もそういうつもりでいるからこそ朝っぱらから劣情を
隠さないわけで、あんまり焦らすの可哀想。私も焦らすの得意じゃないし。

「午前中に家事すませたらさ、私の部屋でえっちしよ?」

 ……したくなかったらしなくてもいいけどいっしょに居て?と大河は大きな鳶色の瞳をくり
くり光らせてねだる。お、おう。なんだか悪びれずに積極的だなと思いながらも、その誘いに
逆らうつもりもない竜児。盛ったらサカった、という分かりやすい構図。

 かくして、昼過ぎには飲み物やお菓子などを買いこみ、ふたりはいそいそと大河の部屋があ
るワンルームマンションへと向かったのであった。



「で、来させちゃってからで悪いんだけど……ね?」
「ん?どうした?」
「実はさ、昨日……来ちゃったのよ。いま二日目」
「おう、そうか。じゃあ今日は無理だな」

 いいさ、気にすんな。どのみちいっしょに居るつもりだから。ベッドわきのラグに寄り添っ
て座り、優しい目をして笑いかける。

 気分を盛り上げられた後にだめを食らってこの切り替え、というか聞きわけのよさ。お年頃
男子としてはがっかりしているのもまた事実なのに、これが竜児という男。
 腹いたくねえ?さすっててやるぜ?などと気も遣う。
 大河としてはこんな反応が予想通りではあっても、思いやりを向けられるとじんわり嬉しく
なってきて、ふひ、と頬が緩んでしまう。
 けど。

「大丈夫、そんなに重くない。それに、無理ってこともないんじゃない?」
「なに言ってる。俺だってそういう事ちゃんと調べてあんだから」

 生理中は傷つきやすいし感染症にもかかり易い、と指折り数えて教え諭す竜児に、ここで少
しでも辛そうな顔を見せでもしたら、そのまんま抱きあげられてベッドに寝かされそうだった。
 それも悪くはないけど、今日考えているのは別のこと。

「うん。汚れちゃうだろうし。竜児はそういうの気にするかな?するよね?」
「そういうことじゃなくてだな」
「私の体調を気づかってくれてるのも分かってる。そうじゃなくてさ?」

 やれるえっちが他にもね?たっくさんあると思うのよ。出来ないことは出来ないでいいから、
それはそれとして竜児をきもちよくしてあげる。気が向いたら私にもして?っていうのがね?
本日のシェフのおすすめランチっていうわけよ。
 いかがっすか?と寄りかかった肩と頭を受け止められて、耳元にちゅっとされる。キス魔の
竜児はすっかり平日モードになってて、このまんま午後いっぱいを過ごしてもお互いになにも
不満はない。けれどね?

「なんでお前が一方的にサービスするんだ?いいよ別にこうしていれば」
「だって……だってさー」

 ちょっとネタっぽくお気軽尻軽に言ったのはマズかったのかな?竜児は人並みにエッチでは
あっても人一倍繊細だからね。
 ま、小細工はやめて正直に言ってみよ。
 りゅうじ私が引っ越してきてから、その、ひとりえっちって……してないでしょ?そのぐら
い分かるもん。ほんとは週一回じゃなくてもっとしたいよね?お年頃だもんね。

「だから私もおつとめ頑張るから……って言い方じゃ竜児も呑めないか。そうねえ?」
「そんなの結局は同じことだろ?俺はほんとに……」
「そう……お姉ちゃんの言うこと聞けない?」

 きょとん、としてから。うわその話まだ続いていたのかよ?と竜児が笑いだした。
 竜児は私より誕生日がひと月遅い。先に19歳になった私は竜児のお姉ちゃん、という口実
でこのところじゃれついているのがふたりのブーム。竜児も私に手を引っ張られるのは少なか
らず楽しいらしくて、お姉ちゃん振りをするとけっこう乗ってくれる。
 分かった分かった、と可笑しそうに提案を受け入れてくれた。

「その代わり、よーーっく見てるからな。具合悪そうだったら即、打ち切りな」
「だーから別に体調は悪くないって。ちゃんとふたりでイイコト探そう?」

 おう。と声が弾んでるのが分かる。そうでしょ?いろいろ考えてたでしょ竜児も。お休みの
日が来たらあんなことやこんなことしたいって。

「ま、お姉ちゃんにまかせろ!いかせまくってやるから」
「あほか。いつもよりスローペースでいいんだよ。つか下品だろっ」
「下品で悪いかこのエロ犬野郎!とっとと独りでシャワー浴びて来いっ」
「いっしょに……は、そか、無理だよな」

「私は今朝きっちり済ましておいたから抜かりなし。ちゃんとキレイにしておいで♪」



 シャワーを済ました竜児が所謂パンイチで出てきて、お?と感嘆の声をあげる。大河が肩丸
出しのチューブトップとハーフパンツに着替えていたから。
 ぶかぶかTシャツから身体にぴったりの薄いニットに変わって、ヌーブラ盛りの胸が強調さ
れている。髪は星柄のシュシュで止められてツインテールに上げていた。
 どこがお姉ちゃんだ、むしろ妹っぽさ全開じゃねえの?と竜児は思ったが。

「姉ちゃん夏っぽいな。いい感じだな」
「あんたの好きそうな感じにしてみた。……好きそうにしたら燃えないかな?」
「そんなことはねえ。寒くないか?」
「ん。大丈夫」

 実際、午前中に差しこんでいた日射しで部屋は少し暑いくらいでもある。

 どうやって竜児をきもちよくさせようか?っていうのは普段からいろいろ考えてる。考えた
ことの大半は空回りだったり、竜児の気持ちより私がしたいだけだったりするのもよく知って
る。だから綿密に計画したりしない。竜児をよく見て、よく感じて寄り添いたい。

 竜児をベッドに座らせて髪を乾かしてあげる。ドライヤーをわざと逆手に持って風を自分た
ちの方に向ける不自然な体勢でね。だってこうするとぴったりくっ付いたりもできる。隙を盗
んでむちゅっとキスしたりして。どうかな?こういうの?
 暑苦しいなあとか苦笑してた竜児がなんか黙っちゃった。
 と思ったら、お?背中にすーっと手を回してきたよ?やった!?やる気でた?

「ちょっとー。じゃまでしょー?もう、ステイもできないの?」
「……だ、だってよ。お前が」
「な、なによ?私のせい?」
「その格好……年下っぽいし、盛ってるし……おれだって……」

「んん?そうなんだ?なんか来た?来ちゃったっ?」
「だぁーーっ、もう、なんだよ!?な、なんかお前らしくねえっ!」
「あ、あれ?……あれれ?」

 あら遺憾な。いきなり空回り?竜児カオ覆って屈みこんじゃったよ。恥ずかしかったのかな?

「ねー」
「……」
「ねーごめんー。恥ずかしかった?」
「……そうじゃねえ」

「もしかして、お姉ちゃん振りムカついてた?」
「ちげえって。……すごく、その。したくなって」
「してもいいよ?気持ち悪くなければだけど」
「それはぜってーやらない。でも、したいって思うと……な?」

「うんうん。男子のおしべと女子のめしべが引きあうんだよねー?アンビバレンツだ?」
「……」

 ていうか、この格好って『らしくない』かな?自分ではけっこー似合ってるかもって、いま
までの経緯からしてもあんたも好きそうだなって思ったんだけど。

「……その態度だよ。甘えるんでなく脅かすんでなく、まるで同い年の女みたいで」
「なに言ってんの?同い年の女だよ。休みの日にあんたとえっちしたい婚約までした彼女だよ」
「なんだか妙な抵抗感があんだよ」

 なんで腰が引けてんのかいまいちよく分からない。でもまあ、私の小細工なんて巧くいった
ためしはないし、嫌ではないだろうから、手を引っ張るだけよね。

「心配いらないよ竜児。ふつーに抱き合ってふつーにイイコトしよう。ね?」


 竜児ががまんできなくなったら、お、おお、おふぇ、おふぇんす……は攻撃。あ、まあ攻撃
なのは確かだわ。おふぇ……、ああもう!ここにブサ鳥がいればちゃんと「ら!」って受けて
くれるだろうにっ!
 はぁっ?と大口開けて驚く竜児に向かって、パッカーっとこっちも大口開けてからすぼめて
みると。うわ!色白でもないくせに胸元から真っ赤になってくわ!そ、そんなに恥ずかしかっ
た?ああ、また引きこもっちゃったよ?

「下品……。てかそんなのやらせたくねえ」

 あら。また空回りしちゃった。これもヤなんだ?……ほんとに?

「……そか。ねえりゅーじぃ。私が下品だったりエッチだったりするのは、いや?」
「え?」
「そんなにいやならやめるけど。……せっかくのお休みだしね。楽しく過ごさないと」
「お……おい?そんなことは」

 やがて竜児は、言い難いことをちゃんと言葉にして私に告げる。お前が下品なのは置いとい
ても、エッチなのは……その、全然嫌いじゃねえ。いや……好きだ。しかも俺、けっこう好き
みたいだよ。つまり、驚いてるんだよ。
 うん。恥ずかしいのに言ってくれてありがとね。私もちゃんと目を見て答えた。

 じゃあ分かったから、と。座っていた竜児を押して仰向けに寝かせて。その上に寝転がって
みるとお腹に固いものが当たって、押しつぶさないようにちょっと腰を浮かせる。
 案ずるより生むが易しってことよ。慣れよ、慣れ。ほうら、嫌がんない。

「ふふふ。そか。いつも竜児が上になってる時はこんな気分なんだね?」
「わかるか?……ちょっと違うんじゃねえの?」
「ちょっとの違いなんかいいじゃない。私は今日初めて知ったよ?」

 ちゅ……ちゅ……ちゅ……と。竜児の広い胸を吸う。きもちいい?と聞くと、くすぐってえ
と答える。少しずり上がって、顔にも、口にも吸いつく。
 別に私がしたがるから合わせてくれてるんじゃないよね?身体だけじゃなく気持ちでもこう
したいって思ってくれてるよね。

 ぎゅう、と抱きしめられるから分かる。これは、したい、という男の子の意思。目の前にい
る、したい女の子を逃したくなくて、こうしてきつく抱きしめてると分かる。
 したい男の子は、竜児。したいと思われてる囚われた女の子は、わたし。この息苦しさはそ
の証拠。女の子もされたい、と思っているし、したい、とも思ってる。
 今はこの拘束から逃れるのなんて、いやなら身を引き離すのなんて、簡単。でも下から上に
場所を変えただけで見えなかったものが見えてくる驚き。それが私を離さない。
 いつも上から来るのは、彼がやっぱり男の子だから。どんなに優しくてもね。

 逃がさないよう抱きしめていた竜児の手がするっと差しこまれて背中を直に触られた。薄い
チューブトップを少しずつ、くるくるめくり上げられていってお腹とお腹がぺったり触れる。
私は半身を浮かせて脱がせやすく協力してあげる。

「ヌーブラは剥がしちゃうともう一回着けられないからね?いちおう警告」
「そうなのか?……じゃ大事にしねえとな」

「あはは♪大事ってなんだ。好物はとっといて後で食べる性格かー?」
「おう、俺はそうだよ?」

「私は逆だね。だから竜児のおかずは最後にはいっつも私にとられちゃうってわけ」
「なに言ってんだよ。食べ足りないお前のためにとっといてる優しい気持ち分かんねえ?」

 ふふ。知ってるよ。私の棘をぜんぶ受け止めてくれる男の子が好き。私を捕まえて蹂躙した
いと思う男の子も好き。どっちも竜児。竜児のぜんぶが好きだよ。


 竜児の目をじっと見ると瞬きもせず見返される。竜児の視線が時折りつっと泳いで見るもの
は私の唇?また動いた。やっぱり見てる。じゃあ、あげるね。
 くちゅ……ぴちゃ……ごくって、いろんな水の音が聞こえてくるこんなキスはお休みの日だ
けの特別なコト。こればかりは上に乗ったからといってそう変わるものでもない。それでもす
ぐに力が抜けて行っちゃうような感じが、今日はずいぶんと薄い。

 竜児の手がまた私の背中をぎゅうと捕まえて、けどいろんなとこ触りたいらしくて落ち着か
なく動きまわる。腕を支えにして、ぴったり付けていた半身を浮かせてあげると、出来た隙間
にすぐ滑り込んできた。寄せてあるから、今日はちょっとだけ揉める。
 掌がすっごく熱くて、それが胸に当てられて焼かれるような錯覚さえしてくる。むにむに揉
まれるのって、実は今までになかった。なんかいい。しびれる感じ。
 でもエッチな手は同じところに留まっていてはくれない。パンツ越しにお尻をやわやわ揉ま
れたりもして。ん……じわじわお腹の中に熱い塊が生まれてきてきもちいい。
 う……ん……今日は、頑張らないと。

 生理中は、いつもこうだ。普段の倍は敏感になってしまって、そのかわりいつまでもじわじ
わ燃える。いつものように急に跳ね上がったりしないで、くすぐったく、もどかしく、いつま
でもじわじわ暖かい。
 ……けど、登りつめる感じだけは、遠い。
 竜児の手は頬にも当てられ、ツインテの髪を指に絡めて遊んだりもする。したい、だけじゃ
ない竜児の気持ちも、だからこうして感じとれる。

 ようやく唇を離して、はふ、と身体を預ける。落ち着かなかった竜児の手がまた背中に戻っ
てきて、でも力を込めはしない。いたわるように撫でてくれる。いい。これすごくいい。私も
シーツとの間に腕を差し入れて竜児の背中を弄ってみる。ちょっと休憩。

 でもこれじゃいつもとほとんど同じなんだよ。位置が変わっただけ。私を登りつめさせて、
それを見て感じた竜児がいくっていう。
 今日は違うことをしてみたい。
 目の前にある竜児の乳首にちゅっと吸いついてみる。男の子だってここはきもちいい。ゆっ
くりと、優しく、唇と舌と歯を使って刺激する。いつもはあんたが私にしてくれることを感じ
てみてね。


 きもちいいよね?がまんしてるね?何度も腕に力がこもるから分かるよ。お腹に当たってる
固いものがときどき跳ねてるし、もうしたくてしたくてたまんないんだよね?それが分かっち
ゃうと恥ずかしいから、そんなに腰をひねって逃がそうともするんだよね?
 なんて、いちいち問い詰めて遊ぼうなんてつもりまではないから。最後まであんたの死にざ
まを看取ってあげるから。

「別にあんたをいじめてるんじゃないからね」
「おう……。なんか俺も妙な気分だ。されるがままっていうの」
「お姉ちゃんに……まかせろ!大丈夫!……その、くちではしないから、さ」

 お、おう……。と自分の前髪をぐりぐり弄って恥ずかしそうな竜児を見て、かわいい、と思
っちゃった。いちど思ったらそれはわぁっと広がってきて、なんだろう?この気持ち。もう、
なんでもしてあげたい、って思う。
 少しずつずり下がりながら、竜児のお腹にも同じように丁寧にキスをする。薄い皮膚の下に
ある腹筋がときどきぴくっと動くのはきもちいいから?手が届かなくなるのが寂しいのか、半
身を起き上がらせて私の頭を抱え込んでくる。
 ……のはいいんだけど。
 け、けっこう背中がきついっ。あんまり我慢してると攣っちゃうかも?りゅうじ両手後ろへ
ついて?こうか?腰浮かせて?こ、こうか?
 きりきり指示して、がばぁっと。トランクス脱がした。


「……」
「……」
「……す、すごいね?」
「すごいって……見たことも触ったこともあんだろ?」
「明るいとこでじっくり見たことないもん」


 こんなおっきなの、いつもよく入るもんだわ。そういうふうに出来ているんだから不思議は
ないけどさ。それよりも驚いたのは水の量。

「がまん汁……っていうの?こんなにたくさん出るものだったの?」
「まあ……な。知らなかったか?知らねえか。でも今日はすごく多いな」

 『潤滑の役割を果たす』って知識くらいはあるけど。そんなのは女の子の方が受け持ってる
もので、男の子の方は申し訳程度って思ってた。
 それがどうだろ?頭はぬらぬら光って、半ばにも回ってて、先からは続けて水滴が零れ落ち
てる。脱がしたばかりでまだ手に持ってた竜児のトランクスにも、柄物で気づかなかったけど
いっぱい滲みて光ってた。
 思わず匂いをかいじゃったり。

「おいおい、下品だろそりゃ?ちゃんと替えも持ってきてるからその辺置いとけ」
「いいじゃないよ別に。あんただって同じことしたことあるじゃん?」
「え?……ああ。そうか。そういやしたな?……おうぁっ!」

 握ってみた。
 ぬるっという感触は女の子のと変わんない。ちょっと濃いかな?あんまり話し込んで竜児の
やる気が減るのはもったいないし、少しずつでもね?進めないと。
 握った手を開いてみると糸を引いてる。手の中で竜児が魚みたいにびくんって跳ねて、新た
に水滴の球が絞り出されてる。それを指で拭いとって、塗りつけて、ぬるんって滑るのをまた
握って擦ってみた。
 どう?こうしてるときもちいい?竜児の顔を見上げると。

「も、もうちょっとその、優しくしねえ?」
「あっ痛かった?ごめん」
「い、いや……痛いんじゃねえよ。指……きもち良すぎるんだよ」
「わかった。こんな感じ?」
「おう、それそれ」

 擦るのは刺激が強すぎるらしいから、力を込めずに握って開いてお遊戯みたい。それでもき
もちいいらしく、竜児の息が荒くなってくる。肩で息をし始めて、もうどこでもいいから私の
身体に触りたいって感じで手を伸ばしてきてる。
 そういうの分かると、私の方も変になってくる。触られてるわけでもないのに、胸に貼り付
けたヌーブラがもどかしく感じられて。

 何度も見たことある、あの竜児の表情は、たしかもうそろそろマジっていう気分のとき。
 かわいい……かわいいっ、もうっ。もっとこの時間を長引かせたいと思い、この気持ちのま
ま弾けさせてほしいとも思う。
 だから握るのをやめて、竜児の腰骨と内またにキスをした。吸いついたり、軽く歯を立てて
みたりする。固くておっきいのを頬に当てながら、竜児に与える刺激を分散する。
 これならきもちいいのが長く続くよね?
 
 はぁはぁ私の息も荒くなってきていたことに、でも、気がついてしまう。
 本当はさっきから熱い塊がお腹を下りていってすごくもどかしい。専用ショーツに夜用を着
けてガードしてるから漏れ出したりはしないだろうけど、私の方だってきゅっと締めてみると
するんするん滑る感じがしてる。こんなのびっくり。きっと大変なことになってる。

 いま、頬にくっ付いてびくびくいってるこれで貫かれてしまいたい。息が止まるほど抱きし
められて、思い切り体重をかけられながらいっしょにいってみたい。
 ここでおねだりしたら、と何度も浮かんできてしまう。きっと竜児は。
 でもそれじゃいつもと変わらない。いつもならそれで良くても、今日生理中なのにえっちに
誘ったのは竜児に楽しんでもらうためだから。私がエッチなお姉ちゃんでなくちゃいけない。

 行きたい、留まりたいの綱引きにちょっとぼうっとしていたかも。
 不意に、頬に竜児の水が垂れてきて、思わずぺろんと舐め取る。と同時にびくんっと跳ねる
竜児の肉と、微かな塩気を感じて。
 ……そうしたら夢中で咥えこんでいた。焦らすもなにもなかった。皮を剥いたバナナにかぶ
りつくように根元を握って、ぱくん、と。
 えっ?と驚いたような声に我に帰り、握ったまま慌てて口を離す。ご……。


「ごごごごごごめんっ。くちでしないって言ったのに」
「お、おう……そんなことは」
「その……ちょっと夢中になっちゃってて」
「顔、真っ赤だな。お前も……したいんだろ?」
「え?あ、まあ。ちょっとだけ。ちょっとだけだから」
「だったら……俺も」
「だめ」
「え?」
「……生理中のあそこなんて、竜児に見られるの、本当は絶対にいや」

 俯いて、ひと芝居打った。竜の目に見抜かれちゃった以上は通じるかどうか分からないけど、
女にだって意地やこだわりはあるよ。竜児がいやなことなんかさせない。

「……そうだよな。じゃあ、くちでしてくれるか?」
「え?それはいいの?」
「俺だってもうたまんねえんだよ。そのかわり、あとで俺にもまかせろ」
「うん。わかった。商談成立」
「商談じゃねえよ。せっかく好きなやつとえっちしてんだからさ」

 相互主義(キリッ)ってやつだよ。と笑う。

「あは、あ、そうだね。じゃあちょっと起き上がってよ」

 竜児をベッドに浅く腰掛けさせて、私は下に降りて膝立ち。これで互いに手も届く。もうち
ょっと膝開いてね。こうか?そうそう、その間にわたしが入り込むから。

 で、こうなると困った。いまさらだけどくちでするってどうやれば?そりゃ思い切り妄想し
たことは何度もあるけど具体的なイメージが思い浮かばないとこは早送りしてたから。
 やった事ないし、やり方を教えてもらった事もない。竜児に訊いても詳しくは知らないって
言う。……まあ、もし知ってたらいろんな意味でお茶の間ドッカンだし訊くまでもなかった。

 じゃあ、と提案。いろいろやってみるから、きもちよくなかったら1回、よかったら2回、
痛かったら連打、頭か肩を叩いて知らせろ。ということにして始めてみた。習うより慣れろっ
て言うし、没頭していれば私の方の熱も増えないだろう。

 しばらく中断していたからか、ちょっと柔らかくなった竜児をぱくん。歯を立てちゃ痛いよ
ね。舌と上あごで挟んで押したり緩めたりしてみる。さっきのお遊戯と同じはずで、ぽんぽん
と2回。くちの中でむくっと膨れてくるのが分かるから、叩かれるまでもない。
 次は舌を前後に動かして擦ってみた。ぽんぽんっ、ぽんぽんっ、と2回を2連続。ん?すご
くいいってこと?上目遣いに見たら、うんうんと頷いてた。そのまんま固定して頭を使って引
っ張ったり押したりしてみると、ぽんと1回。これは良くないらしい。念のため歯を立てて見
たらやっぱり連打。

「実際にはそんな痛いわけじゃねえけど。……ちょっと怖いんだよ」
「ん。わらっら」
「あ、喋るな喋るな。ひっ」

 ひっ、とか言ってるよ。少し可笑しくなりながら、きもちよいと判定された動きを組み合わ
せてしばし専念。ときどき竜児を見上げるとさっきのような表情になってきて、やっぱり切な
さが伝染してきてしまう。

 竜児が私の肩や背中に手を置いて、ときどき力を込めてつかむのは、たぶんきもちいいって
知らせてくれてるんだろう。私も竜児の腿を浮き輪みたいにして、腰に腕を回して抱きついた。
竜児のお尻をわしづかみにして、私にも訪れる波を伝えてしまっている。
 息継ぎをかねてソフトクリームみたいに舐めてみたら、またぽんぽんっ、ぽんぽんっ、と2
回を2連続で叩かれる。あ、こういうのもいいんだ?なんか分かってきた。うまく緩急をつけ
るのがコツなのね。

 よーしわかってきた。ちゅるっ。あーん。ぱくっ。挟みこんで前後に……。竜児の手から知
らされるきもちいい信号をベースに。乗せて私のきもちいいもメロディにして返してる。
 本当は返しちゃいけないのかもしれなかった。私がいい感じになるからあんたも感じるって
いうんじゃないなにかを欲しいのなら。
 でも、なっちゃった。
 そうならないように、注意深くしてきたのに、そうなっちゃった。だって。
 欲しいんだもの!力いっぱい竜児の腰を抱きしめる。


 ごんっ!痛っ!
 竜児が背中を丸めて真上から頭突きを落としてきた。かなり痛いっ。どうしたっ?いったい
何があった?抱え込まれたうしろ頭をせわしなく撫でられてると声が降ってくる。

「たいがっ、や、やばいっ!」

 おおっ、そうか!まかせろ!お姉ちゃんに。元手乗りタイガーは伊達じゃないっ!もちろん
このままアクシズの落着を受け止めてやるわよっ。もういちど腰に抱きついて、尻をわしっと
つかんで、咥えた竜児が今までになく膨れ上がって来るのを舌で擦る。
 すごい、こんなにおっきく?
 びくんっ!と大きく竜児の腰が痙攣した。後から、何度も。

 私の頭に額を付けて、はぁはぁ大きく息をしてる竜児を感じる。初めて感じる言い表しよう
のない……なんだろ?達成感?そういうのといっしょに湧いてくる愛おしさも、また。
 抱きかかえた竜児の痙攣の波が去って行くのを感じて、それからだんだんと小さくなるくち
の中の竜児を吸って、竜児の遺伝子を一滴も残さないように舐め取って。ごくんと飲みほした。

 喉の鳴る音が聞こえたのか、ば、ばかっと竜児が言う。飲むなんてお前!と慌ててるみたい
だった。何で慌てているのか分かんない。飲まないのなら、どうするの?他に?と思う一方で
みるみる私の顔が歪んでいく。な、なにしろっ。

「まっっずぅ〜〜〜いっ!不味い不味い不味い生臭いっ!うっわぁ〜〜!」
「ほ、ほらみろ。早く吐いてこいっ」
「は、はあっ?何言ってんのあんた。もったいないじゃんっ」
「え?」
「でもこれは酷い。酷過ぎる。うがいだけはしてくるっ」

 洗面のあるバスルームへだっしゅ!ガラガラガラガラ……。


「はあ、落ち着いた。……なにさ。どん引き?」
「ちょっと引いた」
「なんでよ?あんたから出たものじゃない?汚いものでも身体に毒なものでもないでしょう?」
「だってよ。飲むものでもねえだろ?」
「そうだけど。そうだけどさ。……味も最悪だし」
「じゃあ何で?」
「私にとっては……大事なものだもん。吐きだして棄てるような汚物じゃないよっ」
「……あ」
「いつかはあれが……って、どうしても思っちゃうもんっ」

 ちょっと涙目になってた。変なことしたのは分かってる。竜児が引いちゃうのも当たり前と
は思う。男の子にとっては重くてウザいだけのことだろう。でも。でも、分かってもらえなく
ても竜児には言わなきゃならないこと。

「あんたには棄てるものでしかなくて、キモいだろうけど」
「……それは。そうだよ」

 私はちょっとずつだけど、いつも棄ててるのは寂しかったんだ。いつかあれがっていうのと、
あれが身体の中に入らなかったっていうのとあって。

「だから、飲むんなら、って。思っちゃったんだよ」

 竜児が突っ立ったままの私の手を引っ張ってベッドに座らせた。悪かったな、と言いながら
ハグしてくれた。さっきまでの抱きしめと全然違う手の感触が心地いい。でも私が泣いてるか
ら受け入れてくれたとしても、何の意味もないこと。

「気を使わなくていい。わがままなのも分かってる」
「俺から出たものだし、汚くも毒でもねえ。それはそうだ。でも……分かんねえ」

 いまお腹の中だよ。消化されちゃうから。だから本当にはぜんっぜん価値がない。分かって
るけどそれでもね、初めて私の身体に入ったっていうのが嬉しいことなんだ。
 それが嬉しいっていうのを……本当に分かるのは難しいかもしれねえ。


「きっとね、こういうのをわだかまりなく分かった頃にさ……私たちもさ」
「ああ、そうか。そういうふうに思うのか。お前は俺より先にそこ越えたんだ?」

「次飲むかっていったら私だってね、微妙ではあるよ……」
「ああ。分かるようになる。そう思ってるお前に引くのもやめる。そこは謝る」
「うん、わかった」
「ちょっと時間くれ」

 エッチな事しない関係のときだって分かりあうのは大変だったけど、こうなってもまだまだ
あるもんだね?と、向けてみた。
 そうだな、でも全部お前と越えていく。と、答えてくれた。


 抱きしめられてるうちに、もっと竜児にくっ付きたい気持ちになっていく。
 間が空いて、というよりもごっくんでエッチな気分がパァっと飛んでったけれど、んしょ、
っと竜児の腿をまたいで向き合って座ってみた。少し悲しかった反動で、竜児に甘えたい気持
ちばかりが生まれてくる。今日はもうこうしていよう。

 甘かった。
 ちゅ……ちゅ……と軽いキスを交わしただけなのに。なんかもう切なくてたまらなくなって
いる。そんなことするつもりなんてないのに、竜児に胸を合わせてすり付けてしまう。さっき
にも増してもどかしい気分が帰って来てしまった。
 いちど入った火は身体を引き離さなくちゃ消えてくれない。でも離れるのいや。さっき竜児
の火を消しちゃったのに、もう竜児にどうにかしてもらうしかない。ああもうっなんだ?自分
の身体なのに。

「どした?休憩済んだなら約束どおりきもちよくしてやるぞ」

 気配を覚った言葉が嬉しくて、返事の代わりに、ぎゅーーっと抱きついてやった。今度はし
たい女の子が、わたし。したいと思われてる男の子が、竜児。

 首筋から鎖骨、胸へと竜児の唇が這うと、いつもと段違いに感じる。いつもならウォーミン
グアップみたいな、火を起こすための軽いちゅっちゅなのに。うっ……、んっ……、といちい
ち声までもれてしまうの、恥ずかしい。思わず手で口を塞いだ。

「……聞かせろよ、大河」
「んっ……あんたっ……面白がってるっ?」

「面白いに決まってる。最初からこんなになるなんてな」
「さ、最初じゃ……ない……もんっ……ううっ」

 続きだもん、ずっとだもん。そう言おうとする前に、腕を挙げていたから、脇をちゅうっと
吸われた。いつもならくすぐったいだけでここを遊ばれるのは相当あとになってから。それな
のに肩ぜんたいに電流が走ったような衝撃にぶるぶる震えも起きてしまう。
 耳元を吸われ耳朶を噛まれ、そのたびに大きく息を呑んで、気配を竜児に読まれてしまって、
今さらながらお姉ちゃんの面目も丸つぶれ。でもいい。いい。いいの、とっても。

 そろそろ剥がしてもいいかーと、のんびり竜児が訊く。さっきから手の感触を隔てていたヌ
ーブラのこと。……うん。もう直に触ってほしい。ま、剥がしちゃうといつもの控えめなもの
でございますが。と思いながらも大きく頷く。
 ホックを外されて左右一つずつゆっくり剥がされる。剥ぐときの刺激でさえびりびりと響い
てきてきもちいい。ちゃんと粘着面を上にしてローテーブルに置いてくれる竜児は、こんなと
きにもきちんとしてる。

 ちゅるっと竜児がくちに乳首を含んだら、あっ?あっあっ?えっ?なにこれ。背中が攣った
ように伸びて後ろへ反り返ってしまった。
 息ができない?伸びないと、だって。なにかが弾ける。慌てたように竜児が支えてくれる。
 まさかいった?こんなんで?と驚いた竜児が訊くので、かろうじてかぶりを振る。いっては
いない……はず。こんな感じじゃなかった。何が起きたのか私にも分からない。

「わ……分かんないよ。なんか違うと思うけど……分かんない」

 じゃあ、と続けて竜児は胸にこだわる。あまりびくんびくん私が跳ねるので少しずつ柔らか
なタッチに変えては見ている。それで、ちょうどきもちいい当たりをつけてくれた。


「上半身だけいってる……のかな?分かんないけど」
「へえ、そんなこともあるんだ?」

 ほんとに分かんない。衝撃、というより波紋がわっと広がるんだけどお腹まで届いてはいな
かった。程度の差はあってもいつもは直通回線?が通じていたのに今は途中で切れている。

「竜児ぃ……わたし、もう。……そのー、あのー」
「おう。そろそろなんだな?」

 私を抱え上げて身体を入れ替え、ベッドに寝かしてくれる。竜児は添い寝して、直に触られ
るのも嫌だろうし、やっぱ衛生面がなと呟いたりしてる。結局、ハーフパンツ越しに掌を置い
て揉んでみる事にしたらしい。私も片手が入るだけ膝を開いた。

 うあぁっ、って感じだった。掌が置かれて重みを感じただけで。思わず跳ね起きて竜児に抱
きついてしまったくらい、気づかなかったけど、じんじんした切なさがたまりまくっていた。
 すごいことになってるなと驚かれてもしょうがない。揉み始めようとしたらいきなりずるっ
と滑っちゃったんだから。まさに集中豪雨で地滑り寸前の丘、という感じ。

「これって、……本気汁?っていうんだよな?」
「い……いちいち口に出さないでいいから。それよりさ」

 ぜってー俺のより多いだろと恥ずかしいこと言われて返す言葉もないが無視する。漏れは大
丈夫と思うけど、滑ってずれてしまうとちょっとした惨事になるかもしれないからずらさない
ように頼んだ。
 分かった、まかせろと竜児は前向き。


 はぁっ、はぁっ。きもちいいか?うんっ……うんっ!可愛いな、大河。はぁっ、あ?……こ、
言葉責めってやつっ?……なんでだよ?言葉責めってのは、そうだな?『大河、お前ってやつ
はなんていやらしいんだ』とかそういうんだろ?

「そ、そうよ。……私いやらしいよ。エッチなことよく考えてるよ……はぁっ」
「ずいぶん素直に認めるんだな?」
「だってさ……私をこんなにしたのって……竜児だよ。あんたしか知らないもん」
「おま……まあ、それはそうか」

 擦るとずれちゃうなら、じゃあ、押すか叩くしかない。キスされながら探されて、ていうか
直に触ったこともあるんだから探し当てるのは簡単なはず。見つけたら指で叩いて押して、あ
とは私の反応を楽しく見ながら竜児が遊んでる。

「……竜児といろんなえっちするのよく妄想するよ。夢でもみるよ。あっ」
「ごめん、きつかったか?」
「大丈夫……あっ」
「俺も……そうだよ。大河とのことよく妄想してるよ」
「えっ?かわいい、りゅうじ。あっ!あっ!」
「もうすぐか?すぐだな?」

 竜児の首にかじりついて、もうすぐ来る。
 腕枕してくれて、敏感なところを探して指いっぽんで刺激されて、身体をぴったり付けて、
耳元でエッチな事ささやいてくれて。
 もうさっきから何度か波が来てはいた。お腹がぴくっと引き攣れたり、ざわっと鳥肌が立っ
たり。巧く乗れるきっかけがあればすぐにでも来てしまいそうだった。
 竜児がパンツの上から当てた指をくりくりする。乳首を含んで、舌でとんとん叩く。それで
また弾かれたように背中が伸びちゃったけど、やっぱりお腹と連動しなかった。いろいろ探し
ながらしてくれてるけど、やっぱり生理中の私はいきにくい。

「大河、俺さ。独りでいるとお前とのえっちをいつも思い出してる」

 またささやき戦術?……でも?これ効く!?ええっ?触られるのより言葉が効くの!?

「さすがにおかずにするまではなかったけどさ、今度してみようかって思うんだよ」

 そ、そんなこと?面と向かって彼女にお前をおかずにするぜ発言てあんた……あ、ぶるっと
来た。ぞわっと来た。感じるのはやっぱり脳、ってこと?……なん……だね?


「りゅ、りゅうじ、して。今度してみて。どんなか教えてっ」
「ああ、するとも。今のお前のいきそうな顔、よく見せろ。それでしてやる」
「え、ええっ?やっ、やだあっ」
「それか。よく覚えとかないとな。そのエロくて可愛いーい顔をな」
「やだぁ、そんなのやだよう」
「もう見ちゃったもんな。しっかり覚えたし。どんだけ可愛いと思ってるか教えてやるよ」

 竜児は私の手をとって、自分の股間に導いた。触ってみろという。……さっき出したばっか
りなのに、インターバルに最低1時間要るって言っていたのに、握りしめてみた。思いっきり
固かった。おっきかった。
 ど、どうだ分かったろ?と、いじめる竜児の声も震えてた。いきそうな私を感じたから竜児
も興奮してる?はぁはぁしてる?だからこんなに固いの?ぬるぬるになってるの?
 かわいい、りゅうじかわいいっ、もう……もうたまんないようっ!
 分かったとたんに、まるでスイッチが切り替わったみたいに、私は急坂を登りだしていた。

 登り始めたと思ったらすぐ。あ、竜児!私もう!と、出ない声で最後の別れを告げる。竜児
はそれを聞くなり半開きの唇を吸ってくれる。キスされながらいくの私がすごく好きだって、
もう知ってるから。

 間近で落雷を見たように視界が白くフラッシュして、一瞬音が聞こえなくなって、身体と身
体の外の区別がつかなくなって、時間が止まったように。
 声なんかもちろん出やしない。息もできなくなる。止まった時間が動き出して、息を吐きき
ったのか吸いきったのかが分かって、ゆっくりと音が聞こえてきて、一杯に入った力で痙攣を
し始めてるのが分かるまで。

 やがて最初に声が聞こえてきた。見たぜ、しっかり覚えたからな。大河。お前めちゃくちゃ
可愛いな。最初に見たのは優しく笑いかける竜児の顔。
 その言葉を理解したら……もう一度来た。


「……おはよ、竜児。ていうか寝てはいないけど」
「おう。今日は長かったな」
「そんなに?どのくらい?」
「2回合わせて30秒くらいいってたかな」
「ふーん。そんなもんか。いつも息止まってて死ぬんじゃないかって思うけどね」
「だから逝くって言うんじゃねえの?……まさかな」
「あーでも。なんか今日のはすごく深かった」

 ふぅーーーっと長いため息をついていたら、ところでよ?そろそろ離さねえ?と竜児。
 ふと見れば私、股間の竜児を握りしめたままだった。あ、ごめん。と言いつつ、その固いま
んま大量の水滴といっしょに握り込んだぬるぬるの竜児をゆっくり擦りだしてみた。お?とい
った感じで見つめる目に笑いかけてみる。

「竜児……もしかしてこのままきもちよくいけそうだったり?」
「ん?……ああ。たぶん」
「じゃあ、私の上に乗ってよ?それでお腹の上に出して」

 さっき見た顔を忘れないうちにね。私があんなによかったんだから、あんたもさぞ心穏やか
ではなかったでしょうよ。したくてしたくて、もう、たまんなかったでしょ?

「……おう。……もう、すぐいっちゃいそうだけどな」
「いっしょにいくって、思ってよ。いっしょに行こう?」
「大河……」

 仰向けの私の肩口に腕を滑り込ませて、竜児が頬を合わせてくる。きもちよくなるよう丁寧
に両手で握って、擦ってあげる。
 もうゆっくり楽しもうとか、そんな雰囲気ではなかった。一秒でも早くいっしょにいきたい
と思っているのだろう。忙しく胸をもまれたり吸われたり、ぎゅうっとされたり、こんなに獣
っぽい竜児を初めて見る。……これも、かわいい。
 私の手の動きがもどかしいのか、竜児の腰が勝手に動き出すのをみて、あ、頭はもういきか
けてるのに身体はまだ次が装填されてないんだって分かる。じゃあ、助けてあげる。

「竜児、私ね。妄想するだけじゃないよ?」
「はっ?そうなのか?」
「うん……寝る前とか……指でしたりも……するよ」
「どんな……妄想……したりする?」
「恥ずかしいこと。ねえ、いつも優しい竜児がね?私を……むりやり犯すの」
「そんなこと……しねえよ」


 しないのは分かってるよ。妄想だから。
 頬を合わせていてどんな顔をしてるのかは分からない。けれど、抱きしめてくる腕の力も、
頬に伝わる熱も、いまの竜児の気持ちを伝えてくれる。どこでお前は俺に犯されるんだ?と続
きも訊いてくる。

「いろんなとこだよ。昔いたマンションで水着みせたときとか」
「……お」
「あんたのうちで寝てたときにとか」
「……」
「でも、いちばんいいのは……ここだよ。この部屋」
「そんなことを……」
「やだって言ってるのに、あんたは無理やり私をひん剥いてね、獣のように犯すの」

 ……今みたいな感じで。やだやだって暴れてるうちにね。でも私はよくなってきちゃうの。
 ……あんたにぎゅっとされて、上から思い切り押さえつけられて逃げられなくて。でもすご
くいいの。屈辱だって思ってるのに、どうしようもなく、いいの。
 手の中の竜児がすごく膨れてきた。このシチュエーションはいいらしい。実際にはあり得な
いしする気もないっていうのに、なんていう不思議だろ。

「そんな私を見たあんたもよくなって、こんなふうにすっごい固くなるのよ」

 それを感じた私がまたよくなって変な声も出ちゃって。それを聞いたあんたがさらに興奮し
て乱暴にするのよ。……そうしてるうちにね、私、いっちゃうの。そんなふうにされるのなん
て死んでもいやで、屈辱だって思ってるのに。涙ぼろぼろ零しながらいっちゃうのよ。

「さっきあんたがしっかり見たような顔をしてね」

 くっと竜児の身体が震えた。しっかり握った方の竜児もびくびく跳ねた。お腹に飛び散った
熱いものは溶岩だろうか。何度も、何度も震えてる。ちゃんと抱きとめてあげる。きもちよか
ったでしょ?竜児。


 代わる代わるシャワーと着替えを済ませて、私たちは寄り添って座った。いつもと同じよう
に頭を肩に預けて、指を絡ませて。
 少しけだるくて、残り火が温かくて、気持ちが穏やかに帰ってくこの時間はとっても幸せ。
ぽつ、ぽつ、となんの虚飾もなしに竜児と話すのがすき。

「挿れなくてもえっちって出来るんだな。教えてくれてありがとな、姉ちゃん」
「あー。途中からお姉ちゃんなの忘れてたよ。ていうかこんななるなんて思ってなかった」

「……計画的犯行に見えたけどな」
「わたしゃエッチな女で実行力には自信あっても、騙し続ける器用さはないわー」
「ああ、そっか。ただ姉ちゃん振りしたかっただけか?」
「そうなの。生理になっちゃってやばいと思ってさ、ただがまんさせるのも悔しくてね」

「言葉責めっていうのもいいよな。すっげえ新鮮だった」
「へ、変態だ。……ねえ。ほんとに私のこと思いだしておかずにする?」
「する。つか、わりと当たり前のようにしてる」
「ああいうシチュエーションでか。強姦魔」
「言い訳はしねえけど、ひとりでしたいときはお前に対して我慢できないときだからな」
「やっぱ男の子だよね、そういうとこは。まあ妄想だし好きなだけ犯すがいい」

「お前の方こそどうなんだよ」
「ほんとにするよ。実は先週もした。でも竜児とは逆パターンだね」

 一年も離れていたんだもん。ずっと逢いたくて、ずっとしたかったもん。だからいまこうし
てるような雰囲気のまんまでいつのまにかつながってる、ていうのがほとんど。

「意外でしょ?」
「おう、意外だな?もっと体育会系な感じだと思っていたけど。やっぱ女の子なんだな」
「これはこれで女の都合ってやつなんだけどね」

 じゃあ今は?と追い討ちをかけられたので、平日できないから寝る前にちょっと、と答えて
おく。すると、なんだ、じゃあ離れていてもいっしょにいてもするんだな。同じだな、と。
 そうね。それは同じ。


「けど今は実際にしたことを思い出して……するよ」
「へえ?」
「妄想より良かった現実があるのに、代用は要らないでしょ?」
「思い出だと何度でも再現できるってわけか?」

 ううん違うの。思い出しても、そのとき現実に受けた感じまでどうしてもいかない。こうだ
ったはず、って思いながらするのよ。それで、だから、次の機会にはこんなことしたいなって
思えてくる。

「……ね。でもさ?今日のはお互いにいいおかずになると思わない?刺激的だったし」
「思うかよ。お前どんだけアホなんだよ?」
「えー?なんでよ?」
「ひとりでするよりいっしょが良いに決まってるだろ。俺はもう来週が楽しみだ」
「なんだその掌返し?空前絶後の浮かれポンチ具合だわ。ついに私を強姦するつもりか?」

 アホか。と竜児が呆れる。まあ、呆れる振りでも優しい顔してるんだけどね。
 俺はもうちょっと自分の抵抗感とかを省みて、もうちょっとお前の冒険心に同調しようと思
ってるだけだ。と言ってくれた。
 嬉しくて、フヒヒ……といやらしい笑い方をしてしまう。時間をみて、もうちょっと経った
ら買い物に行こうぜって誘う竜児に、それじゃあ冒険にもつきあってもらおうと思う。

「ね?今夜。夕食後に冒険、しよ?」
「さっそくだな?まあ復習ってのは大事だが。うーん」
「軽ーく」
「軽ーくか?」

 だってさあ。と手近な小物置き棚から例のメモ帳を取ってめくりながらもったいをつけて告
げてみる。今日これで終わったら、竜児に黒星付いちゃうよ?

「おまっ、対戦成績ずーーっと付けてたのか?」
「うんっ」
「なあ、それ勝利条件てどうなってんだ?」
「竜児いき>私いきなら負け。=なら引き分け。私を多くいかせたら勝利」

「誰の勝利?」
「私の。で、私が勝ったら場合には当然、自動的に、竜児の勝利でもあるわけ」
「もう何と戦ってるのかさっぱりだな」

 ともかく今日は、せめて引き分けを目指すことにするか!

「じゃあはやいとこ洗って陰干ししとかないとな?貸せ。手洗いだろ?」
「何を?」
「ヌーブラ。予備持ってないよな?どうせ」
「……あんた、これそんなに良かったの?そんなふうには全然見えなかったけど?」
「大河、お前って女は男の心を全っ然、分かっていないな?」

 得意げに人差し指を立てて、目の周りをうっすらと染めて、竜児は力説し出した。
 いいか?どうして剥がさなかったか、どうして付けたまんまで俺が我慢していたかを考えて
くれ。もうほとんど、これさえ剥がせば半裸になるというそのギリギリのところで視覚的にも
触覚的にも踏みとどまる。これがいいんだ。何も考えず欲望のままチューブトップをとっとと
脱がしてしまったのもあとで気づいて実は相当に後悔した。あれも合わせて残すべきだった。
いやお前の俺を煽るためのコーディネイトセンスにも今だから言うが敬意を表するぞ?あの姉
ちゃんと言いながらの妹っぽさは犯罪的にツボだった。やはり意外性、非日常性の持つ誘惑に
は抗い難く云々かんぬん。

 喜んでいいのか呆れた方がいいのか。とにかく分かるのは、こいつぁ相当にマニアだという
こと。大河は微妙な笑みを浮かべて、口元を引き攣らせてハイになってる竜児を眺めてはしみ
じみ思うのだった。なんてトラップだったのだろう、と。

 スイッチがあるからとむやみに押す前に考えよう。これからは。




――END




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